| 
      | 
     
        日本の恩返し話 第1話 
         
          
         
はち助いなり 
石川県の民話 
       むかしむかし、小松城(こまつじょう)の殿さまが、おしのび(→身分の高い人がひそかに外出すること)で町の見まわりに出かけたときの事です。 
  「ココーン! ココーン!」 
  と、まっ白なキツネが、殿さまの前に飛び出してきました。 
   続いて、その後から男たちが追っかけてきて、 
  「このドロボウめ!」 
  「さあ捕まえた! もう、逃がさんぞ!」 
  と、そのキツネを捕まえると、なぐったりけったりします。 
  「ココーン! ココーン!」 
   キツネが痛そうに泣きさけぶのを見かねた殿さまが、男たちに声をかけました。 
  「これ、いいかげんにかんべんしてやったらどうじゃ? かわいそうに、すっかり弱っているではないか」 
   すると、男たちは言いました。 
  「へえ、しかし、こいつに魚の干物(ひもの)をあらされて、店は大ぞんしましたので」 
  「かといっても、キツネの命を取ったところで、魚のひものが帰ってくるわけではあるまい」 
  「それはたしかに。けど、このままじゃ、あっしらの気がおさまらねえです」 
  「それに、またやられちゃかなわねえ。ここはやっぱり、このキツネを殺してしまわないと」 
  と、男たちは再びキツネをなぐろうとしたので、殿さまはあわてて言いました。 
  「待て、待て! では、わしがそのひものの代金を払おうではないか」 
  「はあ、まあ、それならいいですが」 
   手を引っ込めた男たちに、殿さまは十分なお金を渡していいました。 
  「そのかわり、キツネはつれていくぞ」 
   そして殿さまは、傷ついたキツネをお城につれてかえり、薬をぬってやさしくかいほうしてやりました。 
   何日かするうちに、傷がなおったキツネは元気をとりもどしました。 
  「よいか、これからは町に出て、人さまの物をとるような悪い事は決してするでないぞ。わかったな。さあ、山へ帰るがいい」 
   キツネは頭を下げると、何度も何度もお城の方をふりかえりながら、山へ帰って行きました。 
   それから、数ヶ月がすぎたころ、お城で大変な事がおこりました。 
   江戸(えど→東京都)に大切な手紙を届ける役目の飛脚(ひきゃく)の五平次(ごへいじ)が、急な病気で倒れてしまったのです。 
   殿さまは、こまってしまいました。 
  「うーん、よわったのう。この手紙が七日以内に江戸に届かねば、お家の一大事となる。だれかほかに、足のはやい者はおらんのか?」 
  「・・・・・・」 
   家来たちはお互いに顔を見合わせますが、五平次よりはやく走れる者など、どこを探してもいません。 
  「こまった。どうしたらよいのじゃ」 
   頭をかかえる殿さまのところへ、家来の一人があたふたとかけつけました。 
  「殿! 江戸まで七日以内に走るという男がおりました」 
  「な、なんじゃと! すぐに呼べ!」 
   家来に案内されて、一人の若者がお城にやってきました。 
  「わたしは山向こうにすむ、はち助というものです。足のはやさには、いささかの自信があります。どうか今回の仕事、このはち助にお申しつけください」 
   この申し出に、殿さまはしばらくまよってはいたが。 
  「よし! たのむぞ、はち助とやら」 
  と、大事な手紙を渡しました。 
  「はい!」 
   はち助は、すぐにお城の門から出て行き、すぐに姿が見えなくなりました。 
  「さて、無事に届けてくれるとよいが」 
   手紙をあずかったはち助は、殿さまの信頼に答えようと、夜も昼も休むことなく走りつづけました。 
   はち助が出発して、七日目です。 
  「今日で七日目か。何とか今日のうちに、江戸についてくれればよいが」 
   殿さまが心配していると、家来たちがかけこんできました。 
  「と、殿さま! はち助がもどってきました!」 
  「な、なに? もう、もどったと! ああっ、もうおしまいじゃあ!」 
   ガックリと肩を落とす殿さまに、家来たちはニコニコしながら言いました。 
  「殿さま。かんちがいされてはこまります。はち助は、無事につとめをはたしてもどったのでございます」 
  「それはまことか!」 
  「はい、江戸からの返事も持ち帰ってございます」 
  「なぜ、それを早く申さぬ。すぐにはち助を呼ぶのじゃ」 
   殿さまの前によばれたはち助は、江戸からの返事をうやうやしく差し出しました。 
   返事を確認した殿さまは、大喜びで言いました。 
  「はち助、ようやってくれた。それにしても、飛脚の足で往復半月はかかる道のりを、わずか七日で走るとは、まったくあっぱれな飛脚ぶり。これからはわしの家来としてはたらいてくれないか」 
  「ありがたきお言葉」 
   こうしてお城のおかかえ飛脚となったはち助は、それからというもの、殿さまの手紙をとどけるために、何度も江戸へ行くようになりました。 
   ふつうの飛脚の二倍のはやさで走るはち助は、殿さまにたいそうかわいがられ、大事にされたのです。 
   ある日の事、江戸からもどったはち助に、殿さまがいいました。 
  「ごくろうであったな、はち助。ゆっくり休むがいいぞ」 
  「はっ、ありがとうぞんじます」 
  「ところではち助、小浜と江戸の道中(どうちゅう)で、なにかやっかいなものはないか?」 
  「はい、別にはございません。・・・いえ、ただ一つだけ、小田原(おだわら→神奈川県)にいる大きなむくイヌにはこまっております」 
  「ほう、小田原のむくイヌか、これはおもしろい、はち助ともあろうものが、イヌにこまるとは。はははは」 
  と、殿さまに笑われたはち助は、てれくさそうに頭をかきました。 
   それからしばらくして、はち助はまた、江戸へ手紙をとどけるために旅だっていきました。 
   ところが今度は、何日たっても戻ってきません。 
  「はち助はまだもどらんのか? いったい、どうしたというのだ?」 
   はち助の身に何かあったのではないかと心配する殿さまは、ふと、はち助の言葉を思い出しました。 
  「そうじゃ、小田原じゃ! いそげ、はち助をさがしにいくぞ!」 
   殿さまはさっそく、はち助をさがしだすために小田原へと向かいました。 
   そして、何日も何日も、はち助の行方をさがして旅をつづけたのです。 
   小田原まで、もう少しという山道へさしかかったとき、 
  「はて、あれはなんじゃろう?」 
  と、殿さまが、草むらの方を指さして言いました。 
  「さあ、なんでございましょうなあ? ちょっと見てきましょう」 
   ウマからおりた家来が、草むらをのぞいて大声をあげました。 
  「と、殿! これをごらんください!」 
   そこには、まっ白なキツネがいて、大事な手紙の入った箱をだきかかえるようにして死んでいたのです。 
   これを見た殿さまは、全ての事がわかりました。 
  「は、はち助、お前は」 
   はち助は、殿さまが助けたキツネだったのです。 
   小田原でイヌにおそわれながらも、なんとかお城にたどりつこうとして、息たえてしまったのです。 
   殿さまは、そんなはち助の死をたいへん悲しんで、お城の中にりっぱな社(やしろ)をたてると、はち助いなりとしてまつりました。 
   今でも小松城には、はち助をまつるおいなりさまが、のこっているという事です。 
      おしまい 
         
         
        
       
     | 
      | 
     |