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日本のわらい話 第26話
一つおぼえ
長崎県の民話
むかしむかし、ある山の村に、ぐつという男が母親と兄と三人でくらしていました。
兄はワナをかけて、けものなどをとる仕事をしていました。
ある日の事、兄がぐつに言いつけました。
「ぐつ、何かかかっているだろうから、ちょっとワナを見て来てくれ」
「ほいきた」
ぐつはそう言ってワナを見に山の奥に入って行きましたが、間もなく帰って来ました。
「どうだい、何かかかっていたろう」
兄が聞くと、ぐつは、
「ああ、となりのニワトリのやつがかかっていたから、放してやったよ」
と、答えました。
となりの家のニワトリが山奥へ出かけるのは、とてもめずらしいことですから、
「えっ? そいつは放してやったとき、なんと言ったかい?」
と、兄がけげんに思って、聞きました。
すると、ぐつは、
「うん、そいつはケンケンと鳴いて、いそいで逃げて行ったよ」
と、答えるので、
「バカ! それはニワトリににているが、キジというもんだ」
と、兄はぐつに教えてやりました。
その次の日、
「おい、ぐつ、またワナを見て来てくれ。なんでもかかっていたら、よく見て、とって来るんだよ」
兄は、ぐつに言いつけました。
「ほいきた」
ぐつは出かけて行きましたが、すぐに帰って来て、
「今日はね、となりのウシの子がかかっていたから、はなしてやったよ」
と、言いました。
それもめずらしいことですから、兄が、
「そいつは放してやったとき、なんと言ったかい?」
と、聞くと、ぐつは、
「うん、そいつは、オツン、オツンと鼻を鳴らして、いそいで逃げて行ったよ」
と、答えましたので、それはウシの子ではなく、イノシシであることが兄にはわかりました。
「このバカ! せっかくかかっていたイノシシを逃がすやつがあるか。これからは何がかかっていても、逃がさないで引きずって来るんだぞ」
兄はおこって、ぐつにそう言いつけました。
その次の日も、ぐつがワナを見に行きました。
するとたきぎを取りに行った母親が、あやまってワナにかかっていました。
母親はぐつの顔を見ると、ホッとして、
「ああ、ぐつ、早くワナをはずしておくれ」
と、たのみました。
ところが、ぐつは、
「いや、はずして逃がすと、兄にしかられるからだめだよ」
と、言って、ワナをはずさないで、そのまま母親をズルズルと引きずって来ました。
「ぐつや、ワナをはずしておくれ」
母親がいくらたのんでも、ぐつは聞きません。
「なにがかかっていても、逃がさないで引きずって来いと、兄にきつく言われているから」
ぐつはそう言って、とうとう家まで母親を引きずって来ました。
谷川の水の中でも、ゴツゴツとした岩の上でもおかまいなしに、とにかくむりやりに引きずって来たので、そのために母親はケガをして、間もなく死んでしまいました。
兄はまっ青になって、さんざんぐつをしかりつけましたが、死んでしまった人は生き返りません。
仕方がなく、兄は母親のおとむらいのしたくを始めました。
「おい、ぐつ、お経を読んでもらわにゃならんから、お坊さんを呼んで来てくれ」
兄は、ぐつに言いつけました。
すると、ぐつは、
「ほいきた、でも、お坊さんてなんだい?」
と、聞きましたので、
「お坊さんというのはな、黒い着物を着て、おがむ者だよ」
と、兄は教えました。
ぐつはウシ小屋に行って、黒いウシを見つけると、
「母親が死んだからおがみに来てくれと、兄がよんでる。さあ、来てくれ」
と、たのみました。
するとウシは、
「モウー」
と、ないて、そっぽを向いてしまいました。
それでぐつはもどって、兄に知らせました。
「お坊さんは、もう、いやだと言っていた」
「そのお坊さんは、どこにいたんだ?」
と、兄が聞くと、
「そのお坊さんは、ウシ小屋にいたよ」
と、ぐつが答えましたので、
「バカ! お坊さんは寺にいるんだ。寺は高い大きな家だ。早く行ってこい」
兄はおこって、そう言いつけました。
ぐつが出かけて行くと、高い木の上に黒いものがとまっていました。
そこで、
「おーい、母親が死んだからおがみに来てくれと、兄がよんでる。早く来てくれ」
ぐつがたのむと、黒いものは、
「カアー」
と、鳴いて、飛んで行ってしまいました。
それでぐつは、そのことを兄に知らせました。
兄はぐつを使いにやっても役に立たないので、ぐつに、
「お前は、めしをたいておれ」
と、言って、自分でお坊さんを呼びに出かけて行きました。
ぐつがめしをたいていると、なべがグツグツと音を立て始めました。
(このなべは、おらの名まえを知っていて呼ぶんだな)
ぐつはそう思って、
「ほい、ほい」
と、返事をしていました。
ですが、そのうちなべは、グツクッタ(ぐつ食った)、グツクッタ(ぐつ食った)と、音を立てました。
それでぐつは、
「おらは、食ってないよ」
と、答えていましたが、いつまでも、グツクッタ、グツクッタと、なべが言っているので、ぐつはおこってなべを庭に持ち出すと、石の上にたたきつけてやりました。
そしたらなべは、
「クワン」
と、言って、われました。
そしてそれきり、なにも言わなくなりました。
(早くそう言えば、わられないですんだのに)
ぐつがそう思っていると、兄が帰って来てまたしかられました。
兄はお坊さんをふろに入れようと思って、ぐつにふろをわかさせました。
そして、わいたと言うのでお坊さんが入ると、底のほうはまだ水でした。
「こりゃ、冷たくてかなわん、かぜを引くから、早くなんでもくべて、わかしてくれ」
お坊さんがブルブルふるえながらそう言ったので、ぐつは近くにあったお坊さんのゲタや衣を、ぜんぶ燃やしてしまいました。
お坊さんがあたたまってふろから出ると、持ち物が何もなかったという事です。
おしまい
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