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百物語 第四十話
産女のゆうれい
長崎県の民話
そのむかしむかし、麹屋町(こうじやまち)という所に、一軒のアメ屋がありました。
ある夏の夜の事、戸をトントンたたく者があるので、アメ屋の主人が戸をあけると、青白い顔をした姿の若い女が力のない声で、
「夜ぶん、まことにすみません。アメをわけてください」
と、一文(いちもん→30円ほど)をさし出したのです。
アメ屋の主人がアメを手わたすと、女は無言で立ちさって行きました。
この不思議な女は、次の日もその次の日も、きまって夜おそくやってきました。
さて、ある晩、アメ屋の主人は、このあやしげな女の後をつけて行くことにしました。
麹屋町をぬけて、光源寺(こうげんじ)の門の前までくると、女の姿が門の中へ消えてしまいました。
あたりはぶきみに静まりかえっています。
(おっかねえな。帰ろうかな)
と、アメ屋が思っていると、突然に暗やみから、
「オギャー、オギャー」
と、赤ん坊の泣き声がひびいてきました。
「ヒェーー! た、たすけてくれー!」
アメ屋の主人は寺の本堂にかけこみ、和尚(おしょう)さんを起こしました。
さっそく和尚さんは、声のする墓(はか)を掘りおこすと、先日うめたばかりの女の死体から、赤ん坊が生まれていたのです。
赤ん坊を抱きあげてみると、アメ屋の主人が女に売ったアメをしゃぶっているではありませんか。
あの女は、この子の母親の幽霊(ゆうれい)だったのです。
赤ん坊は和尚さんに引きとられ、母親の供養(くよう)もすませたある晩のこと、
「ありがとうございました。子どもを助けていただいたお礼に、あなたさまの願いをなんでもかなえてあげましょう」
と、アメ屋の主人のまくらもとに、女の幽霊が現れたのです。
麹屋町では水不足でこまっていましたので、アメ屋の主人は、
「水がほしい」
と、たのみました。
女の幽霊は静かにうなずいて、
「女物のクシが落ちているところを、ほってください」
と、言って、消えてしまいました。
それからしばらくたったある日、アメ屋の主人が麹屋町で、一本の赤いクシをひろいました。
そこをほりはじめると、にわかに水がわき出したのです。
そのわき水はつきることなく、町の人はとても喜んだという事です。
おしまい
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