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日本のわらい話 第10話
けがの功名
兵庫県の民話
むかしむかし、ほうろく(→素焼きの土なべ)売りの男がいました。
ある日の事、うす暗くなるころまで売り歩きましたが、今日は一つも売れません。
疲れてトボトボと帰って来ると、道が下り坂になりかけた所に、一人の侍(さむらい)がねていました。
強そうな侍でしたから、男はその前をおそるおそる、しのび足で通り過ぎました。
ところが、男がそっとふり返って見ても、侍はそのままで、少しも動かないのです。
(こりゃおかしいぞ。ひょっとして、死んでいるのでは?)
男はそう思って、また侍のねているそばまでもどってきて、よく見ました。
やはり侍は、少しも身動きしません。
(これはいよいよ、死んでいるな。だが、確かめてみないことには)
男はそばに落ちていた棒きれで、いきなり侍の頭にガツンと一発くらわすと、いちもくさんに逃げました。
ですが侍が、男の後を追いかけては来ません。
そこでまた戻ってきて、侍のふところに手を入れてみますと、侍の体が石のように冷たいのです。
(うん、まちがいない。死んでおる)
男は侍のふところに手を入れたとき、指先にふれた侍の紙入れ(かみいれ→さいふ)を取り出して中を見ました。
すると、お金がずしりと入っているではありませんか。
(おう、これは天のめぐみにちがいない。ありがたや)
男は侍の紙入れをいただいて、いちもくさんに坂をかけおりて行きました。
そして、また途中で立ちどまり、あたりのようすをうかがいましたが、だれも通りかかる人はいません。
そこで男は、またまた動かないでいる侍の所にもどりました。
そして侍の大小の刀をはじめ、身につけている羽織(はおり)や、はかまはもちろん、ふんどしだけを残してぜんぶ取ると、いちもくさんに家まで飛んで帰りました。
(さあ、おらはもう、ほうろく売りはやめたぞ。明日からは侍じゃ)
さて、あくる朝、男はまだ暗いうちから起き出して侍の姿になり、せまい家の中で反り返ったり、せきばらいをしたりしていました。
そして明るくなると、町に行ってみました。
町の中央には大きな立てふだがあり、大きな字で何やら書いてありました。
ほうろく売りの侍は朝から晩まで立ちつくして、その立てふだを見つめていましたが、もともと字というものを知りませんので、いつまでそうしていても読めないのです。
そろそろ、人通りも少なくなるころ、
「そこのお侍さま、朝からなぜ、そのようにいつまでもお立ちかの」
と、一人の老人が、そばに来てたずねました。
「うむ、あの字がみごとなもので、つい見とれてしまったのじゃ」
ほうろく売りはうまくごまかして、老人から立てふだに書いてあることを聞き出しました。
老人の話によると、この町の金持ちの家に毎晩出るバケモノを退治してくれた人を、一人娘のむこにすると書いてあることがわかりました。
ほうろく売りは、さっそくその金持ちの家に行って言いました。
「わしは、日本中を武者修行しておる。腕試しにと、立てふだを見てまいった」
喜んだ金持ちは、ほうろく売りにたいへんごちそうして、二階の広い部屋にとめてくれました。
さて、ほうろく売りが生まれて初めての、ふかふかのふとんに寝ころがっていると、広い部屋のかもいに、ヤリ、なぎなた、弓、鉄砲などの武器が、たくさんかけてあるのを見つけました。
ほうろく売りには、どれもめずらしい物ばかりです。
まず鉄砲をつかみ取って、あちこちいじっていると、
ズドン!
と、いきなり鉄砲の玉が飛び出してしまいました。
「うわっ、しまった!」
ほうろく売りがおろおろしていると、この家の番頭(ばんとう)が飛び込んできて言いました。
「お侍さま、まことにありがとうございました。たった今、押し入れからバケモノが出てきたので、お侍さまに報告しようとしていたところ、お侍さまがたったいま撃った鉄砲の玉で、バケモノがみごとにしとめられました」
「へえ、そうなの?」
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
こうしてほうろく売りは、めでたく金持ちの一人娘のむこにおさまりました。
さて、とてもすご腕の侍が金持ちの家のむこになったという評判(ひょうばん)が、たちまち町に広がりました。
それで、遠くの村の百姓(ひゃくしょう)がたずねてきて、
「田畑をあらすバケモノが出てこまっているから、お侍さんの力で、なんとか退治してくだせい」
と、たのみました。
ほうろく売りは、
(こわいから、いやだな)
と、思いましたが、評判の手前、行かないわけにはいきません。
そこで、しぶしぶ承知(しょうち)しました。
さて、ほうろく売りの嫁になった金持ちの娘は、このむこがどうにも気に入らなかったので、もう帰って来ないほうがよいと思い、弁当のにぎりめしに毒を入れておきました。
さて、バケモノが出るという村に着くと、村人たちはボロボロの小屋にほうろく侍を案内して、日のくれないうちにみんな立ち去りました。
真夜中になると、ゴー、ゴーと、気味の悪い音がして、なまぐさい風とともに、おそろしい二つの光が小屋に近づいて来ました。
こわくなったほうろく侍は、思わず小屋を飛び出して、そばのカキの木にのぼると、ふんどしで体を木にくくりつけました。
そしてそのまま木にしがみついてふるえていると、二つの光を持ったバケモノは、木の下までやって来ました。
ほうろく侍がこわごわ下を見ると、バケモノの正体は大きなヘビで、二つの光はその目玉でした。
ヘビはおそろしい口を開けて、今にもほうろく侍をひとのみにしようとしています。
ほうろく侍は、自分もこれでおしまいだと思い、目をとじて、
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ」
と、となえました。
ところがあまりガタガタとふるえたので、ふところに入れていた毒のにぎりめしがころがり出て、ヘビの口の中へ落ちたのです。
「ウギャーーー!」
毒のにぎりめしをのみこんだヘビは、うめき声を上げながらバタバタとあばれましたが、やがて静かになりました。
一晩中、木にしがみついていたほうろく侍が、明るくなってから下を見てみると、大きなヘビが死んでいます。
それで木からおりると、死んだヘビの両目に、一本ずつ矢をさしておきました。
しばらくしてやって来た村人たちは、両目をみごとに矢でいぬかれて死んでいるヘビを見て、
「さすがは、すご腕のお侍さまじゃ!」
と、口ぐちに感心してほめたたえました。
この評判は、殿さまの耳にも入りました。
「そのような見事な腕前を持った者なら、わしの家来(けらい)にいたしたい」
と、言って、殿さまはウマに乗った五、六人の家来をさし向けました。
ほうろく侍は、ウマなどに乗ったことがないので、一番後からウマのせなかにやっとしがみついて行きました。
とちゅう川をわたるときに、家来たちはウマをうまくあやつり、上手に川をわたって行きましたが、ほうろく侍はすぐに川へ落ちてしまいました。
それに気がついた家来たちがもどってみると、ほうろく侍は大きなコイを一匹、しっかりとつかんでいました。
そして、
「けがは、ありませんか?」
と、心配して聞く家来たちに、
「初めてお目にかかるお殿さまに、なんの手みやげがのうてはまずい。ちょうど手ごろなコイが目についたもので、取りにおりたのじゃ」
と、答えましたので、家来たちはすっかり感心しました。
こうしてほうろく侍は、殿さまにお目にかかりましたが、
「お主はすご腕と聞くが、わしのよりぬきの家来と目の前でたたかい、その剣術を見せてみよ」
と、言ったのです。
ほうろく侍は、もちろん剣術など知りません。
「これは、いたくこまりもうした」
なんとか逃げようと、いろいろと言い訳を考えましたが、もう間に合いません。
バシッ、ビシッ、ガツン!
と、けらいたちにさんざんにうちたたかれました。
「たっ、助けてくれー!」
と、叫びながら、死にものぐるいになってにげ回っているうちに、ふと目がさめました。
「はっ、ここは?」
実は今までの事は、みんな夢だったのです。
仕事の時間だというのに、あんまりいつまでも寝ているものだから、奥さんがほうろく売りの頭をたたいていたのでした。
おしまい
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