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百物語 第三十三話
てんじょうを歩く女
埼玉県の民話
むかしむかし、武蔵の国(むさしのくに→埼玉県)に、ある城がありました。
この城では夜になると、五人のさむらいが城の見回りをして、城中にとまることになっていました。
その夜は一人のさむらいがきゅうに病気になったので、四人で見回りをすませると、一つの部屋にならんで寝ました。
しばらくすると、一番おくで寝ていたさむらいが目をさましました。
ふと、ろうかを見ると、ろうかにあるあんどんの明りが、ぼんやりとゆれています。
もう一度ねむろうとしてまくらをなおすと、となりの男が目をさまして、ふとんの上にあぐらをかきました。
声をかけるのもめんどうだし、ほかの者たちのめいわくになると思ったのでだまっていると、今度はその向こうの男が目をさまして、同じようにふとんの上にあぐらをかきました。
あんどんの明りのなかに、二つの黒いかげがゆれています。
男たちはおたがいに顔をみあわせましたが、ひとことも言葉をかわしません。
(おかしいな。二人ともねぼけているのだろうか?)
一番先に目をさました男は、ねむったふりをしながらそう思いました。
そのときです、一番向こうにねていた男がおきあがって、ふとんの上にすわったのです。
三人はおたがいに顔をみあわせているのですが、言葉もかわさなければ動きもしません。
(これはどういうことだ? おれはゆめでも見ているんだろうか?)
三人の男はまるで置物のように、あんどんの明りのなかでジッとしています。
いえ、おどろいた事に、いつのまにか自分も三人の男と同じようにおきあがって、ふとんの上であぐらをかいているのです。
(なんだ、何がどうなっているのだ!)
男は声をあげようとしましたが、声が出ません。
そのとき、あんどんの明りがはげしくもえあがってゆれました。
と、一番先に目をさましたとなりの男が、立ちあがりました。
そして部屋の戸口に出ると、長ろうかへのしょうじをしずかに開いて、そこへきちんとすわりました。
あとの男たちも続いて立ちあがると、やっぱり戸口へ出て、きちんとそこにならんですわりました。
長ろうかには、あんどんの明りがいくつもおいてあります。
どこから風が入ってくるのか、明りは青く光ったり白く光ったりしながら、はげしくゆれていました。
すると、
「さら、さら、さら」
と、いう、ぶきみな音がきこえてきました。
ろうかをこする、衣の音のようです。
ろうかにはだれもいませんが、音はろうかのつきあたりの方から、だんだんと大きくなってきこえてきます。
だまって部屋の戸口にすわっている四人の男は、今度は同時にその方へ目をむけました。
すると、白い長いものが、ろうかの天井からたれさがっているのが見えました。
なんとそれは女の人で、女の人が白むくの衣きて、ろうかの天井をゆっくり歩いてくるのです。
白い衣の女は、一人ではありません。
後ろには腰元(こしもと→身分の高い女性の、身の回りの世話をする人)らしい女が五人、したがっていました。
さかさまになって天井を歩いてくる女の不思議な行列は、無言(むごん)のうちに四人の男たちの頭の上をとおりすぎて、やがてろうかをまがっていきました。
お城で城主の奥方が突然なくなり、五人のこしもとがおともをしてあの世へ旅だったという事件を四人のさむらいが知ったのは、それからまもない夜明けのことだったという事です。
おしまい
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