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百物語 第六十五話
キジムナーのしかえし
沖縄県の民話
むかしむかし、沖縄本島南部の宇江城(うえぐすく→糸満市)というところに、サメ殿とよばれた漁師(りょうし)がいました。
ある夜、海へでて漁(りょう)をしていると、すぐそばで、おなじように魚をとる人がいました。
近くの村の人なら、たいてい見おぼえがあるはずなのに、どうも見たことがありません。
(はて、誰だろう?)
それからは、夜おそくに漁へでるたびに、その男がやってきます。
そしてその男が現れると、魚がよくとれるのです。
「今夜も魚がたくさんとれたよ。あんたのほうはどうかね?」
「わたしだってとれたさ、見てごらん」
そのうちに二人は友だちになって、毎日のように一緒に漁をしました。
ところがその友だちは、名前をいわないし、顔つきも口のききかたも、ふつうの人たちとちがいます。
(もしかしたらあの友だちは、人間ではないかもしれない)
ある時、サメ殿はそう考えました。
一度考えはじめると、気味が悪くなって、
(あれはきっと、ヤナムン(→沖縄の言葉で妖怪のこと)が化けているのだ。このまま長いことつきあっていたら、悪いことがおこるだろう)
と、思いました。
サメ殿はある夜、漁が終わって友だちと別れたとき、こっそりあとをつけました。
すると友だちは、家のあるところを通りぬけて、当山(とうやま)という、さびしい丘へのぼっていきました。
そして大きなクワの木に、吸い込まれるように姿を消したのです。
「たいへんだ。やっぱり友だちは人間ではねえ。あのクワの木にすむ、キジムナーが化けていたんだ」
キジムナーというのはカッパのような妖怪で、古い木にすんでいて、魚とりがうまく、キジムナー火という火をともしたりもするそうです。
サメ殿は家にかえると、この事を妻にうちあけていいました。
「明日も漁に行くから、お前はその間にほし草だの、ワラだのを持って、クワの木に行き、それに火をつけてクワの木を燃やしてしまうんだ」
さて次の夜、サメ殿と友だちとは、いつものように漁にでかけました。
魚がとれはじめたとき、
「クンクン。どうもおかしい。家のこげるにおいがするよ」
と、友だちがいいだしました。
「そんなはずはないさ。ここからは何も見えないし、気のせいだろうよ」
「いや、たしかににおう。こうしてはいられない」
友だちは大いそぎで漁をやめると、すぐに帰って行きました。
でもすでに遅く、あの大きなクワの木はすっかり焼けてしまい、まっ黒になっていました。
その日から、キジムナーの友だちは姿を消してしまいました。
サメ殿は、これであの友だちと別れることが出来たと大喜びです。
家をなくしたキジムナーは、すみかになる木をさがして、ずうっと北のほうの、国頭(くにかみ→沖縄本島北部)までいったそうです。
さて、それから何年もの月日がたちました。
サメ殿はある時、首里(しゅり→昔の沖縄の都)の町へ出かけて、幼なじみの友だちとあいました。
「しばらくぶりだ、酒をのんで話そう」
二人して酒場へ入り、長い時間のんでは話すうちに、サメ殿はつい気が大きくなり、今までだれにもいわなかった、あのキジムナーの事や、クワの老木を妻に焼かせて追い出したことを、すっかりしゃべったのでした。
それを聞いた幼なじみの友だちは、急にこわい顔になって怒り出しました。
「あんたは友だちに、そんなひどいしうちをしたか! たとえキジムナーだとしても、あんたに何をしたと言うんだ! あんたはわるい男だ!」
見ると、そこにいるのは幼なじみの友だちではなく、あのキジムナーだったのです。
キジムナーは持っていた小刀で、サメ殿のゆびとゆびのあいだを切りつけました。
「いたい! 何をする」
このサメ殿は、全身がサメのようなザラザラのかたいはだをしていて、小刀くらいでは傷つかないのですが、ただ、ゆびとゆびのあいだだけがふつうのはだだったのです。
サメ殿は血を流しながら村へかえると、苦しんだあげくに死んでしまいました。
沖縄のキジムナーは、ガジュマルやクワの大木をすみかとして、人間にはめったに害をしなかったといいます。
それどころか、人間に幸福をもたらしてくれるのです。
しかし人間がうらぎったり、ひどいしうちをしたりしたときは、おそろしい仕返しをしました。
サメ殿は『鮫殿』と書き、沖縄の言葉では、サバムイと読むそうです。
おしまい
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