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日本のとんち話 第25話
暗闇の黒ウシ
埼玉県の民話
むかしむかし、ある宿屋で、二人の絵かきと江戸から来た男が一緒の部屋になりました。
三人で話しているうちに、江戸の男が言いました。
「ところで、お前さんたちのお仕事は何ですか?」
すると一人の絵かきが、胸を張って言いました。
「わしは絵かきじゃ。めずらしい国を旅しながら、絵をかいている」
するともう一人の絵かきも、胸を張って言いました。
「わしも絵かきじゃ。二人で旅をしながら、美しい景色(けしき)を絵にかいている」
それを聞くと、江戸の男はくやしくなり、
「それはぐうぜん。実はわたしも絵かきでしてな。江戸では、少しばかり有名ですぞ」
と、うそをついたのです。
すると、二人の絵かきが言いました。
「それはきぐうだ。それなら、三人で絵のかき比べをしよう」
「それはよい。江戸の絵かきの腕前を見てみたいしな」
江戸の男は、こまってしまいました。
(これは弱ったぞ。おれは、絵をまるでかけないのに・・・)
でも、今さらうそだとは言えません。
そこで江戸の男は、時間かせぎに言いました。
「それじゃ、まずはそちらからかいてもらいましょう」
そこで最初の絵かきが、さらさらさらと絵をかきました。
お母さんが小さい子どもにご飯を食べさせている絵で、なかなかに上手です。
でも江戸の男は、わざとつまらなそうに言いました。
「母親が、口を閉じているのはおかしい。子どもにご飯を食べさせる時は、親も一緒に口を開けるものだ。まだまだですな。それじゃ次の方」
もう一人の絵かきは、木こりが木を切っている絵をかきました。
これも、なかなかに上手です。
(さすがに絵かきだ。二人ともうまいもんだ)
江戸の男は心の中で感心しましたが、でも、やっぱりつまらなそうに言いました。
「これだけ木を切っているのに、木のくずがないのはおかしい。まだまだですな」
けちを付けられた二人の絵かきは、おもしろくありません。
「それでは、いよいよあなたの腕前を見せてもらいましょう。それだけ言うのですから、さぞかしお上手なんでしょうな」
「うむ。よろしい」
江戸の男は筆(ふで)にたっぷり墨(すみ)をつけると、紙にぺたぺたぬりつけて、紙をまっ黒にぬりつぶしました。
二人の絵かきは、ビックリしてたずねました。
「・・・いったい、これは何の絵ですか?」
「ただたんに、黒くぬりつぶしただけのように見えるが」
すると江戸の男は、すました顔で言いました。
「これがわからぬとは、お二人ともまだまだですな。これは、まっ暗やみから黒ウシが出てきたところです」
おしまい
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