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百物語 第五十七話

水グモの糸

水グモの糸
静岡県の民話

 むかしむかし、ある山里に、つりの名人がいました。
 この男の手にかかると、つるのがむずかしいといわれるイワナでもヤマメでも、なんなくつれてしまいます。
 ある日の事、男が山奥の川につり糸をながしていると、一匹の小さなクモが川からあがってきました。
 そして男のはいているわらじに糸をかけると、ふたたび川にもどっていきました。
 そのクモがまた水からあがってきたかとおもうと、男のわらじに糸をかけます。
 こんな事が何十回もくりかえされるうちに、ほそかった糸もしだいにふとくなって、小さなろうそくのしんくらいになってきました。
 男は、
「おかしなことをするクモもいるもんだ」
と、思っていましたが、糸がふとくなるにつれて、なんだかうすきみわるくなってきました。
 そこでクモが水にもどったすきに、クモのかけた糸をわらじからはずして、すぐわきの大きな木の根にかけておきました。
 すると、どうでしょう。
 やがて川の中の何かが、その糸をグイグイひっぱりはじめたのです。
「たかがクモの糸ではないか。すぐに、プツンときれてしまうにちがいない」
 ところが木の根からミシミシッと音がしたかと思うと、ズッ、ズズズッーと、動き出していくではありませんか。
 とても、あの小さなクモの力とは思えません。
 しかし糸はますます強くひかれて、最後には大木を根こそぎ倒してしまうと、とうとう川にひきこんでしまったのです。
「・・・・・・」
 男は恐ろしくて、声も出ません。
 たかがクモの糸とバカにして、わらじにかけられた糸をそのままにしていたら、いまごろは自分が川にひきこまれていたでしょう。
 そう思った男が川をのぞこうとすると、さきほどまでの小さなクモが、人間よりも大きな姿で川から現われました。
「ヒェー! 化け物だー!」
 恐ろしい化け物グモは、男にシューッと白い糸をふきかけてきました。
 男はあやうくからだをかわして白い糸からのがれると、あとはいちもくさんに村へ逃げ帰ったという事です。

おしまい

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