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百物語 第八十二話

死がいをとるもうりょう

死がいをとるもうりょう
東京都の民話

 むかしむかし、江戸(えど→東京都)の(さむらい)が仕事でよその国へ行くとき、一人の男を召使いとしてやといました。
 その男が実によく気のつく男で、どんな用事をいいつけても、てきぱきとかたづけてくれるのです。
 侍はこの男が気にいって、いつか正式の家来にしたいと思っていました。
 さて、旅の途中、美濃の国(みのうのくに→岐阜県)のある宿にとまったときのことです。
 ま夜中と思われるころ、その男が眠っている侍のまくらもとへやってきて、
「だんなさま、だんなさま」
と、いうのです。
「うん、どうした?」
 侍が半分眠ったまま返事をすると、男は小声でいいました。
「まことに申しわけありませんが、もう仕事ができなくなりました。旅の途中ではありますが、このままおいとましたいと思います」
「なんだと!」
 侍はあわててとび起きると、男につめよりました。
「なにか、気にいらない事でもあるのか? もしそうなら」
「いいえ、そんな事はありません。じつはわたしは人間でなく、もうりょう(→水の妖怪)と呼ばれるものです。わたしたちはなくなったばかりの人の死がいをとってくることになっていて、わたしにも順番がまわってきました。この宿から一里(いちり→約4キロメートル)ほど行ったところにある、お百姓(ひゃくしょう)さんの母親がなくなり、その死がいをとることになったのです」
 侍は驚いて男の顔を見ましたが、どう見ても人間で、妖怪とは思えません。
「もうりょうなら、だまって姿を消せばいいものを、なんだってわざわざことわるのだ?」
「はい、そうしようかとも思ったのですが、だんなさまによくしていただいたので、だまって立ち去るのもどうかと考え、事情を申しあげました。では」
 男はそのまま、なごりおしそうに部屋を出て行きました。
 翌朝、侍が起きてみると、どこへ消えたのか男の姿はありません。
(ゆうべの出来事は夢でなく、やはり本当の事であったか)
 そこで宿の人にわけを話して、一里ほど行ったところにある、村のようすを調べてもらうことにした。
 夕方、宿の人がもどってきて、
「おっしゃるとおり、村はたいへんなさわぎでした。今日、その母親の葬式(そうしき)をしたところ、野辺送り(のべおくり→死者をお墓まで送っていく事)の途中で、急に黒い雲が立ちのぼって空をおおい、気がついたら棺桶(かんおけ)の中の死がいがなくなっていたそうです」
と、いったという事です。

おしまい

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