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        世界の感動話 第30話 
         
          
         
チワンの錦 
中国の昔話 → 中国の国情報 
       むかしむかし、ある山のふもとに、一人のおばあさんが住んでいました。 
   このおばあさんは、美しい錦(にしき)をおることができ、人びとは喜んでおばあさんの錦を買いました。 
   おばあさんはそのお金で、三人の子どもをそだててきたのです。 
   ある日のこと、おばあさんは錦を町ヘ売りにいった帰りに、ふと、ある店の前で足をとめました。 
   そこには、すばらしい絵がかけてあったのです。 
   その絵は、ひろびろとした美しい風景の中に、花園や家があり、みどりの畑やくだもの畑や池もありました。 
   ニワトリやアヒルのむれもいますし、ウシやヒツジも、のどかに草をたべています。 
   ほんとうに、心の休まるような村の風景です。 
   おばあさんは、いつまでも見とれていました。 
  (こういうところに住むことができたら、どんなにいいだろうねえ) 
  と、しみじみ思いました。 
   おばあさんはその絵を売ってもらい、家に帰ると、さっそく息子たちに見せました。 
   そして、一番上のロモにいいました。 
  「ロモや、こんな村でくらせたらねえ」 
  「あはは、なにを夢みたいなことを」 
  と、ロモは横をむいていいました。 
   おばあさんは、二二番目のロトエオにいいました。 
  「ロトエオや、こんな村でくらしたいねえ」 
  「そんなのは、死んでからのことさ」 
  と、ロトエオも横をむいていいました。 
   おばあさんは悲しそうに顔をくもらせて、いちばん下のロロにいいました。 
  「ロロや、こういう村に住めないと思うと、わたしは悲しくてならないよ」 
   ロロは、すこし考えてから、 
  「お母さん。だったらこうしたらどうでしょう。お母さんは、すばらしい錦をおることができます。だから、この絵を錦におってながめていたら、きっと、この村に住んでいるような気になれるでしょう」 
   おばあさんは、大きくうなづきました。 
  「そうだよ。それがいい」 
   それからおばあさんは、その絵を見ながら錦をおりました。 
   ひと月たち、ふた月たちました。 
   ロモとロトエオは、おばあさんがその絵を錦におることにはんたいです。 
  「お母さん、ぼくたちのとってくるたきぎだけじゃ、くらしていけません。そんなに時間のかかる物よりも、はやく売るための錦をおってください」 
   けれども、ロロだけは、 
  「お母さんに、美しい村をおらせてあげようよ。でないとお母さんは、悲しんで、いまに病気になってしまうよ。たきぎは、ぼくがとりにいくから!」 
  と、にいさんたちにいいました。 
   その日からロロは、一人で朝から晩まで、たきぎをとりにいきました。 
   みんなはそれで、くらしをたてていきました。 
   おばあさんは、朝も、昼も、夜も錦をおりつづけました。 
   夜は暗いので、たいまつをともしておりましたが、たいまつのけむりで目がまっ赤にただれました。 
   それでも、やめようとはしません。 
   こうして一年たつうちに、おばあさんの目からなみだがあふれて、錦の上にしたたりおちるようになりました。 
   おばあさんはなみだのおちたところに、きよらかな小川をおりました。 
   それから、まるい池をおりました。 
   二年たつと、目から血がにじみでて、錦の上にしたたりおちるようになりました。 
   おばあさんは、その血のおちたところに、まっ赤なお日さまをおりました。 
   それから、美しい花をおりました。 
   こうして三年めに、やっと一枚の錦ができあがりました。 
   それは、夢のような美しさです。 
   青いかわら屋根に、紅色のはしらのある、すばらしい家。 
   門の前には花園があり、きれいな花がさきみだれています。 
   そばの池には金魚が泳ぎ、くだもの畑には、赤や黄色のくだものが、たくさんなっています。 
   家の右手は、青あおとしたやさい畑になっていて、うしろには草原がひろがっています。 
   その草原では、ウシやヒツジが、のんびりと草をたべています。 
   山のふもとの畑には、トウモロコシやイネが黄色に実っています。 
   そのあいだを、きよらかな川が流れており、この美しい地上を、まっかな太陽がてらしているのです。 
  「おお、なんてきれいな錦だ!」 
  と、三人の息子たちは、いっせいにさけびました。 
   おばあさんは腰をのばすと、目をふきながら、はじめてニッコリ笑いました。 
  と、そのときです。 
   はげしい風がふいてきて、あっというまに錦をさらっていってしまいました。 
   おばあさんは、すぐ追いかけましたが、まにあいませんでした。 
   おばあさんはガッカリして、病気になってしまいました。 
  「ロモや。錦は東のほうヘとんでいったよ。さがしにいってきておくれ」 
  と、おばあさんは、一番上のロモにたのみました。 
   ロモはうなずいて、さっそくでかけていきました。 
   それから、ひと月ぐらい歩きまわったでしょうか。 
   ロモは、ある山あいの道にさしかかりました。 
   ふいに、まっ白い髪のおばあさんがあらわれて、ロモに声をかけました。 
  「もしもし、どこへいくのかね?」 
  「はい、風にとばされた錦を、さがしにいくのです」 
  と、ロモはこたえました。 
  「ああ、その錦なら、ここからずっと東のほうにある、太陽山の仙女(せんにょ)たちが持っていったよ」 
  「その山へは、どういけばいいんですか?」 
  「まあ、むりだろうがね。まずおまえさんの、その歯を二枚ぬきとって、ここにいる石ウマの口にはめこむんだよ。そうすれば、このウマが乗せていってくれるが、とちゅうで火の山を通らなくちゃならない。おまえさん、からだが燃えても、ジッとがまんできるかね?」 
   これを聞いて、ロモは青くなりました。 
  「できないだろう。おまえさんは、がまんのできる男じゃないからね。さあ、この小箱を持ってお帰り。中にお金がはいっているから、みんなでしあわせにくらすんだよ」 
   おばあさんはそういって、鉄の小箱をくれました。 
   ロモは小箱を持って、ひきかえしました。 
   でも、とちゅうまでくると、 
  (まてよ。このお金を家に持って帰るなんてつまらない。ぼく一人でつかえば、うんといいくらしができるぞ) 
  と、考えました。 
   そこでロモは、町のほうヘ歩いていきました。 
   家では、病気のおばあさんがふた月も寝込んでいました。 
   けれどもロモは、帰ってきませんでした。 
   おばあさんは、こんどは二番目のロトエオにたのみました。 
   ロトエオも、にいさんと同じように、山あいの道でしらがのおばあさんにあいました。 
   そしてお金のはいった小箱をもらうと、一人で町ヘいってしまいました。 
   おばあさんは、またふた月まちました。 
   もう、かれ木のようにやせてしまって、毎日、毎日、なきながら外をながめていました。 
   ロロはそのようすを見ると、たまらなくなっていいました。 
  「お母さん。ぼくがいってきます。お母さんの錦を、きっとさがしてきます」 
   ロロは、東へむかって出発しました。 
   にいさんたちと同じように、山あいの道でしらがのおばあさんにあいました。 
   おばあさんは、ロモやロトエオのときと同じように、ひととおり話してからいいました。 
  「おまえさんも、この小箱を持ってお帰り」 
   ところがロロは、 
  「いいえ、ぼくは錦をとりかえしにいきます」 
  と、いって、すぐに自分の歯を二本ぬきとると、おばあさんのそばにいた石のウマの口にはめました。 
   すると石のウマは、本物のウマのように、ヒヒーンといななきました。 
  「それじゃ、乗っておゆき。火の山を通っても、声をあげてはいけないよ。声をあげれば、すぐに焼け死んでしまうからね。荒海(あらうみ)を通っても、ふるえてはいけないよ。ふるえれば、すぐに海の中にしずんで死んでしまうからね」 
   おばあさんはこういって、ロロを見送ってくれました。 
   石のウマはロロを乗せると、三日三晩走りつづけて、ボウボウと、火をはいている山につきました。 
   まっ赤なほのおが、メラメラともえあがっています。 
   人もウマも、いまにも焼きつくされそうです。 
   ロロはウマの背中に、ピッタリとうつぶせになり、むちゅうでウマを走らせました。 
   かみの毛はもえちぢれ、はだがジリジリと焼けてきました。 
   それでも歯をくいしばって、ジッとがまんしました。 
   おばあさんに言われたように、ひとことも声をたてません。 
   そしてようやく、火をはく山をこえましたが、こんどは、あれくるう大海がまちかまえています。 
   ウマはゆうかんに、あら海の中にとびこみました。 
   ロロは目をつぶって、ウマにしっかりとしがみつきました。 
   波は氷のかたまりとなって、ロロのからだにはげしくぶつかりました。 
   あまりのつめたさに、気が遠くなりそうです。 
   けれどもロロは、ジッとこらえて、身ぶるいひとつしませんでした。 
   ようやく海を乗りこえて、むこう岸につきました。 
   あたたかい太陽があたりをてらしていて、のどかな歌声が聞こえてきます。 
  「さあ、太陽山にきましたよ」 
   石のウマはこういうと、りっぱなやしきの庭におりました。 
   その家の広間では、美しい仙女たちが錦をおっていました。 
   近よって見ると、仙女たちはまんなかに一枚の錦をひろげて、それをお手本にしておっているのでした。 
  「あっ、お母さんの錦だ!」 
   ロロは思わず、さけびました。 
   仙女たちはビックリして、ロロを見ました。 
   やがて、中の一人が、 
  「そうです。あなたのお母さんが、たいへん美しい錦をおったので、お手本におかりしたのです。今夜できあがりますから、あすの朝、おかえしいたします」 
  と、いいました。 
   仙女たちは、ひと晩じゅう錦をおっていました。 
   そのうちに、赤いきものをきた美しい仙女が、いちばん最初に錦をおりあげました。 
   仙女は、自分のとロロのお母さんの錦とをくらべてみて、 
  「ああ、やっぱりかなわないわ。せめて、この美しい錦の中に住んでみたいわ」 
  と、いって、ロロのお母さんの錦の中に、自分のすがたをししゅうしました。 
   ロロはまっているあいだ、ウトウトしていました。 
   気がついたときには、仙女たちはみんな、ねむっていました。 
   見れば、仙女たちのまんなかに、お母さんの錦がおいてあります。 
  「そうだ。少しでもはやく、持っていってあげよう」 
   ロロはその錦をつかむと、石のウマにとび乗って、もときた道をひきかえしました。 
   やがて、あの山あいの道までくると、しらがのおばあさんがまっていました。 
   そしてロロをウマからおろすと、ウマの口にはめていた歯をぬいて、ロロの口にはめてくれました。 
  「さあ、はやくお帰り。お母さんが、いまにもあぶないよ」 
   こういっておばあさんは、シカ皮のクツをくれました。 
   ロロはいそいで、そのクツをはきました。 
   するとたちまち、クツをはいたロロは空をとんで、わが家につきました。 
  「お母さん。錦を持ってきましたよ!」 
   ロロはさけびながら、お母さんの目の前に錦をひろげて見せました。 
   それを見ると、お母さんのほおに赤みがさして、たちまち元気になりました。 
  「ロロや、ありがとう。せっかくもどった錦だから、おもてのあかるいところでよく見よう」 
   二人はそとにでて、錦を地面の上にひろげました。 
   このとき、どこからともなく、かおりのよい風がふいてきました。 
   すると、錦がサラサラと音をたてて、どこまでもどこまでもひろがっていきました。 
   そしてとうとう、錦は村いっぱいになりました。 
   ロロたちの住んでいたみすぼらしい家はきえて、錦の中の青いかわらの家になりました。 
   花がさき、くだものがなり、池には金魚が泳いでいます。 
   錦の中の風景が、そのまま二人の前にひろがったのです。 
   ふと見ると、池のほとりに、赤いきものの娘がたっています。 
   それは自分のすがたをししゅうした、あの仙女でした。 
   おばあさんは喜んで、この娘をロロのお嫁さんにむかえました。 
   それから三人は、たのしくくらしました。 
   三人は、まずしい人やこまった人を見れば、この村につれてきて、いっしょにくらさせました。 
   ある日のこと。 
   この村に、二人のこじきがやってきました。 
   その二人は、お金をつかいはたしておちぶれてしまった、ロモとロトエオでした。 
   二人はこの美しい村が、いつかお母さんのおった錦にそっくりであることを知りました。 
   村の中でたのしそうにうたっている、ロロや娘やおばあさんを見ましたが、二人は自分たちのしたことがはずかしかったので、なにも言わずに、そのまま村をさっていきました。 
       このお話は、中国の南西部に住むチワン族のあいだに伝わるもので、チワンの女性たちは、美しい錦をおることで有名です。 
      おしまい 
         
         
        
       
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