きょうの日本昔話
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2月23日の日本の昔話

ひろったさいふ

ひろったさいふ

 むかし江戸の町に、左官屋(さかんや→壁をぬる職人)の伝助(でんすけ)と言う人が住んでいました。
 ある年の十二月、仕事の帰りに道で財布を拾いました。
 中を調べると、一両小判が三枚入っていました。
「おやおや、もうじき正月が来るというのに、三両(→約二十一万円)ものお金を落とすなんて気の毒に。落とした人は、さぞ困っているだろうな」
 伝助が財布をよく調べてみると、名前と住所を書いた紙が入っていました。
「なになに、神田(かんだ)の大工の吉五郎(きちごろう)か。よし、ひとっ走り届けてやろう。今頃きっと、青くなって探しているだろうよ」
 親切な伝助は、わざわざ神田まで行って、ようやく吉五郎の家を探し出しました。
「こんにちは。吉五郎さん、いますか?」
「ああ、おれが吉五郎だが、何か用かね?」
「わたしは左官の伝助と言うんだがね、お前さん、財布を落とさなかったかね?」
「ああ、落としたよ」
「中に、いくら入っていたんだね?」
「そんな事、何でお前さんが聞くんだい?」
「何でもいいから、答えてくれよ」
「三両だよ。お正月が来るんで、やっとかき集めた大事な金だったんだ」
 それを聞いて、伝助は、
「そうかい。それじゃこれは、確かにお前さんの落とした財布だ。ほら、受け取ってくれ」
と、財布を差し出しました。
 ところが吉五郎は財布をチラッと見ただけで、プイと横を向いて言いました。
「それは、おれのじゃないよ」
「えっ? だってお前さん、今、大事な三両が入った財布を落としたって言ったじゃないか。それに、お前さんの名前と住所を書いた紙も入っていたんだ。この財布は、確かにお前さんの物だよ」
「そりゃあ、確かにおれは財布を落としたよ。だけど、落とした物は、もうおれの物じゃない。拾ったお前さんの物だ。持って帰ってくれ」
「何だって!」
 伝助は、ムッとしました。
「何て事を言うんだ! 拾った物を黙って自分の物にするくらいなら、わざわざ探しながらこんなところまで届けに来たりするもんか。素直に『ありがとうございます』と言って、受け取ればいいじゃないか!」
「ちえっ、お前さんも強情っぱりだなあ。おれは、その財布はお前さんにくれてやるって言ってるんだぜ。そっちこそ素直に『ありがとうございます』と言って、さっさと持って帰りゃあいいじゃないか。第一、この十二月になって三両もの金が手に入れば、お前さんだって助かるだろうに」
「馬鹿野郎!」
 とうとう伝助は、吉五郎を怒鳴りつけました。
「おれは乞食(こじき)じゃねえ! 人の物を拾ってふところへ入れるほど、落ちぶれちゃいないんだ。ふざけるのもいい加減にしろ。とにかく、これは置いていくぜ」
 伝助が財布を置いて帰ろうとすると、
「おい待て!」
 吉五郎はその手を掴んで、財布を押しつけました。
「こんな物、ここに置いて帰られちゃ迷惑だよ。持って帰ってくれ」
「この野郎、まだそんな事を言ってるのか」
 二人の頑固者は、とうとう取っ組み合いのけんかを始めました。
 その騒ぎを聞いてやって来た近くの人たちが、いくらなだめても二人とも聞きません。
 近所の人たちは困り果てて、とうとうお奉行(ぶぎょう)さまに訴えました。

 その時のお奉行さまは、名高い、大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)という人でした。
 越前守(えちぜんのかみ)は、二人の話を聞くと、
「大工、吉五郎。せっかく伝助が届けてくれたのだ。素直に礼を言って、受け取ったらどうじゃ?」
「とんでもありません、お奉行さま。落とした物は、無くしたのと同じでございます。ですからもう、わたくしの物ではありません」
「では、左官、伝助。吉五郎がいらないと言うのだ。この三両は拾ったお前の物だ。受け取るが良いぞ」
「冗談じゃありません、お奉行さま。拾った物をもらうくらいなら、何もこの忙しい年の暮れに、わざわざ神田まで届けに行ったりなどしやしません。落とした物は落とした人に返すのが当たり前です」
 二人とも、頑固に言い張って聞きません。
 すると越前守は、
「そうか。お前たちがどちらもいらないというなら、持ち主がない物として、この越前(えちぜん)がもらっておこう」
「へっ?」
「へっ?」
 お奉行さまに金を横取りされて、二人はビックリしましたが、でも、いらないと言ったのですから、仕方がありません。
「はい。それで結構です」
「わたしも、それで結構です」
と、答えて、帰ろうとしました。
 その時、越前守は、
「吉五郎、伝助、しばらく待て」
と、二人を呼び止めました。
「お前たちの正直なのには、わしもすっかり感心した。その正直に対して、越前から褒美(ほうび)をつかわそう」
 越前守はふところから一両の小判を取り出すと、さっきの三両の小判と合わせて四両にし、吉五郎と伝助に二両ずつやりました。
 ところが二人とも、なぜ二両ずつ褒美をもらったのか、訳の分からない様、妙な顔をしています。
 そこで越前守は、笑いながら言いました。
「大工の吉五郎は、三両を落として二両の褒美をもらったから、差し引き一両の損。
 左官の伝助は、三両を拾ったのに落とし主に届けて、二両の褒美をもらったから、これもやはり一両の損。
 この越前も一両を足したから、一両の損。
 これで『三方、一両損』と言うのは、どうじゃ?」
「なるほど!」
 吉五郎と伝助は顔を見合わせて、ニッコリしました。
「さすが名奉行(めいぶぎょう)の大岡さま。見事なお裁き、おそれいりました」
「このお金は、ありがたくいただいてまいります」
「うむ。二人とも珍しいほどの正直者たちじゃ、これからのちは友だちとなって、仲良く付き合っていくがよいぞ」
「はい。ありがとうございます」
 吉五郎と伝助は、ここに来た時とはまるで反対に、産まれた時からの仲良しの様に肩を並べて帰って行きました。
「うむ、これにて、一件落着!」

おしまい

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