きょうの日本民話
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7月8日の日本民話

ネコの踊り場

ネコの踊り場
神奈川県の民話

 むかしむかし、相模の国(さがみのくに→神奈川県)の戸塚(とつか)に、水本屋(みずもとや)という、しょうゆ屋がありました。
 主人とおかみさんの間には美しい娘がいて、メスの黒ネコを飼っています。
 何代も続いたお店で、番頭(ばんとう)のほかに小僧が一人いました。
 しょうゆ屋は仕事がらどうしても手が汚れやすいのですが、だからといって汚れた手ぬぐいで手をふいていたのでは見た目が悪いので、きれい好きの主人は口ぐせのように、
「腰にさげる手ぬぐいは、毎日洗うように」
と、みんなに言いきかせていました。
 そのため店が終わると、それぞれが自分の手ぬぐいを洗い、二階の物干しの手すりにほしていました。
 ある朝、手ぬぐいを取り入れようとしたら、娘の手ぬぐいがなくなっていました。
 きちんととめてあったので、風にとばされるはずはなく、ドロボウのしわざかとも疑ってみましたが、まさか手ぬぐい一本だけをぬすんでいくドロボウはいません。
(どうして、わたしの手ぬぐいだけなくなったのかしら?)
 不思議に思いながらも、娘は新しい手ぬぐいを出してきました。
 そして次の日の朝、今度は主人の手ぬぐいがなくなっていたのです。
(まさか、小僧のイタズラではあるまいな)
 主人はすぐに小僧を呼んで、聞いてみましたが、
「違います。手ぬぐいなんかとるはずがありません」
と、言うのです。
 その次の日の朝は、おかみさんの手ぬぐいがなくなっていました。
 たかが手ぬぐいといっても、三日続けてなくなるというのは、ただごとではありません。
「お前、本当に知らないのかい?」
 おかみさんが、小僧にたずねた。
「どうして、わたしに聞くのです? そんなにお疑いなら、わたしの荷物を調べてください!」
 とうとう、小僧がおこりだしたので、
「いや、すまない。考えてみれば、家の者で手ぬぐいをとるやつなんているはずがない」
と、主人はあわてて小僧をなだめました。
「まあいいよ、手ぬぐいぐらい。何本とられたって、かまやしないのだから」
と、言いながらも、気になって商売に身が入りません。
 番頭も手ぬぐいがなくなるたびに疑われる小僧の事を思うと、同じ店で働く者として面白くありません。
 そして小僧などは、使用人を疑うような店で働く気がしなくなってきました。
 だからといって、店をとび出すわけにもいかず、このうえは自分で手ぬぐいドロボウをつかまえるしかありません。
 そこでその夜、小僧は雨戸(あまど)を細くあけて、寝ずの番をすることにしました。
 物干しの手すりには、五本の手ぬぐいがきちんと並んでほしてあります。
 月は雲にかくれていましたが、白い手ぬぐいなどで、暗くてもはっきりと見えます。
「見ていろ! 必ず手ぬぐいドロボウをとっつかまえてやる」
 小僧はねむたいのをがまんして、ジッと物干しを見上げていました。
 それでも昼間の仕事のつかれで、つい、ウトウトしかけたそのとき、一本の手ぬぐいがフワリと庭にまいおりたのです。
「おやっ?」
 手ぬぐいはまるで、地面をはうようにして表の方へ飛んでいきます。
「まてえ!」
 小僧は外へとびだすなり、手ぬぐいを追いかけました。
 でも手ぬぐいはそのまま、暗やみの中に消えてしまいました。
 さわぎを聞きつけて、番頭やおかみさんが起きてきました。
 小僧はいまの出来事を、見たままに話しました。
「手ぬぐいが一人で動くなんて、そんなバカな。お前、夢でも見ていたんだろ?」
 おかみさんが言うと、
「しかし、手ぬぐいはたしかに一本なくなっていますよ」
と、番頭が物干しを指さしました。
「あら本当。ああ、気味が悪いねえ。もういいから、しっかり戸じまりをして寝なさい」
 おかみさんはそう言うと、自分の部屋にもどって行きました。
 さて、あくる日、主人はとなり町の知りあいで酒をごちそうになり、おそくなってから家へもどってきました。
 あっちへフラフラ、こっちへフラフラと、月夜の道をいい気分で歩いていると、村はずれの小高い林の所でだれかの話し声が聞こえてきました。
(はて、こんな夜中にだれが話しているのだろう?)
 不思議に思って話し声のする方へ近づいてみると、なんと十数匹のネコが、林の中の空き地に丸くなって座っているではありませんか。
 そしてもっと驚いたことに、その中の三匹が手ぬぐいをあねさんかぶり(→女の人の手ぬぐいのかぶり方)にかぶっているのです。
(あっ、あの手ぬぐいは!)
 主人は、もう少しで声を出すところでした。
 一つは自分の手ぬぐいで、あとは、かみさんと娘の手ぬぐいなのです。
(さては、ネコのしわざであったか)
 主人はネコに気づかれないよう、さらに草むらにかくれて息をころしました。
「お師匠(ししょう)さんおそいね」
 一匹のネコが、言いました。
「早く来ないかな。今夜こそ上手に踊(おど)って、わたしもお師匠さんから手ぬぐいをもらわなくちゃ」
 もう一匹のネコが、言いました。
(へえ、踊りを習おうというのかい。これはおもしろい)
 主人は、お師匠さんというのが現れるのを待ちました。
 しばらくすると、頭に手ぬぐいをのせた黒ネコが、
「ごめん、ごめん、おそくなって」
と、言いながらやってきたのです。
(あのネコは、うちのネコじゃないか!)
 主人は、目を丸くしました。
「それじゃ、さっそく始めようか。さて、今日はだれに手ぬぐいをあげようかな」
「わたし」
「いえ、わたし」
「わたしよ、わたし。ぜったいにわたし」
 ネコたちが、いっせいに手をあげました。
「だめだめ、一番上手に踊ったものでなくちゃ」
 見ていた主人は、なんだかワクワクしてきました。
(おどろいたな。うちのネコがネコたちの踊りのお師匠だなんて。それにしてもあいつ、いつ踊りを覚えたのだろう。・・・そういえば、娘が踊りを習っている時、ジッと動かずに見ていたっけ)
「まずは、きのうのおさらいから。はい、♪トトン、テンテン、トテ、トテ、トテトントン」
 口で三味線のまねをしながら黒ネコが踊ると、ほかのネコたちも、いっせいに踊りはじめました。
「はい、そこで腰をまわして、手を前に出して、それっ、♪トトン、テンテン、トテ、トテ、シャン、シャン」
(なるほど、お師匠というだけあって、うちのネコもたいしたものだ)
 主人はこっそり草むらをはなれると、ネコに気づかれないように家にもどっていきました。
 朝になると、主人は上機嫌(じょうきげん)でみんなに言いました。
「手ぬぐいの事なら、もう気にしなくてもいいよ」
「いえ、今夜こそ、必ず手ぬぐいドロボウをつかまえてみせます!」
「もういいんだよ。お前、寝ずの番をしていたそうだが、もうその必要はない」
「と、いうと、だんなさまは手ぬぐいドロボウをこぞんじで?」
 番頭がたずねると、主人はニヤリとわらっていいました。
「まあな、今夜になればすべてわかる」
 さて、その日の夜、寝るころになって主人が言いました。
「さあ、これからみんなで出かけるよ」
「いまごろから? いったい、どこへ行くのですか?」
 番頭も小僧も首をかしげました。
「なんでもいいから、だまってわしについておいで」
 主人は店の戸じまりをさせると、おかみさんと娘、それに番頭と小僧もひきつれて家を出ました。
 村はずれの小高い林の前に来ると、主人はみんなを草むらの中にかくれさせます。
「いいか、どんなことがあっても、けっして声を出すんじゃないぞ」
 いつのまにか、満月(まんげつ)が頭の上にのぼっていました。
と、その時、あちこちからネコが集まってきます。
 なんとその中の四匹は、頭に手ぬぐいをかぶっているではありませんか。
(あの手ぬぐいは!)
 みんなおどろいたように、顔を見あわせました。
 そこへ、頭に手ぬぐいをかぶった黒ネコが現れたのです。
 それはまちがいなく、店で飼っているネコでした。
(なんだ、手ぬぐいドロボウは店のネコだったのか)
 みんなホッとするやら、あきれるやら。
 それでも、これからなにが始まるのかと、かたずをのんで見守っていました。
 すると、黒ネコが言いました。
「今夜は満月、みんなで心ゆくまで踊りましょう」
「はい、お師匠さま」
 ネコたちは、いっせいに黒ネコをかこんで輪(わ)になりました。
♪ネコじゃ、ネコじゃと
♪おっしゃいますが
♪あ、それそれ
 黒ネコの踊りに合わせて、ネコたちはそろって踊りはじめました。
 両手を前に出したり、腰をふったりと、なんともゆかいな踊りです。
「どうだ。これで手ぬぐいのなくなったわけがわかっただろう」
 主人が小さな声で言うと、みんなニコニコしてうなずき、いつまでもネコたちの踊りを見ていました。
 さて、だれがこの事をしゃべったのか、ネコの踊りの話はたちまち町のうわさになり、こっそり見物にくる人がふえるようになりました。
 するとネコたちもそれに気がつき、いつのまにか踊るのをやめてしまったのです。
 水本屋(みずもとや)の黒ネコは、その後も手ぬぐいを持って出かけていきましたが、そのうちに、もどってこなくなりました。
 主人はネコ好きの人たちと相談して、ネコの踊っていたところに供養碑(くようひ)をたてました。
 今では、その供養碑(くようひ)はなくなってしまいましたが、ネコの踊りの話は長く語りつがれて、今もそこを『踊り場』と呼んでいるそうです。

おしまい

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