10月2日の日本民話
幽霊の手紙
千葉県の民話
一八五五年(安政二年)十月二日、江戸の町は安政(あんせい)の大地震(マグニチュード6.9。死者四千人)という大地震にみまわれましたが、この一日前の話です。
江戸の下町にすむ中村大作(なかむらだいさく)という人が、家の手伝いをしている十介(じゅうすけ)をつれて、用事のため千葉へでかけていきました。
ところが次の日の夜、江戸でその大地震がおこったと知った大作は、家族の事が心配になりました。
大作は十介に用事をたのむと、自分はとちゅうで江戸へひきかえしていきました。
十介はぶじに用事をすませると、自分も大急ぎで江戸に戻りました。
江戸に入ってまもなく、へとへとになった十介はお寺のへいにもたれてすわりこむと、つい、ウトウトしてしまいました。
「ややっ。すっかり、ねむってしまったな」
ハッと気がついた十介は、目をこすりながら立ちあがろうとすると、どこからか青い灯が近づいてきて、十介の前で止まったのです。
「だれだろう?」
と、思いながら見あげると、ちょうちんの灯にてらしだされたのは、足のない若い娘の幽霊(ゆうれい)でした。
「でた! 幽霊じゃ!」
十介が後ろにそっくりかえったままふるえていると、娘の幽霊が口をひらきました。
「おそれないでください。わたしはあなたのご主人の、中村大作さまとゆかりのある者の娘です。どうか、これをご主人さまにおわたしください。よろしくお願いします」
娘の幽霊がいうので、十介が下をむいたまま手をさしだすと、手のひらに何かがのせられました。
十介が顔をあげると、手のひらには一通の手紙と一枚の小判がありました。
小判はきっと、用事をたのんだ十介へのお礼でしょう。
気をとりなおした十介は、また夜中の道を走って、やっと主人の家へたどりつきました。
十介はひと息つくと、若い娘の幽霊と出会って手紙と小判をあずかったことを、主人の大作に話しました。
幽霊は大作のよく知っている友だちの娘で、三千(みち)という名でした。
三千は父親が旅に出ている留守に、地震で命を失ったのです。
その事を父親につたえてもらいたくて、大作に手紙をことづけたのでした。
十介があずかった手紙には、
《地震にて、むなしくあいはてそうろう。後の事、よろしくお願いもうしあげまいらせそうろう。三千より》
と、書かれていたという事です。
おしまい
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