10月18日の日本民話
まぼろし御殿
東京都の民話
むかしむかし、あるところに、八(はち)という男の子がいました。
八は、毎日、お母さんが焼いてくれたイモを、山で仕事をするお父さんに届けていました。
遊びたい時も、疲れたときも、八は、
「山で一生懸命、おいらたちのために働いてくれる父さんが腹を空かしたら、かわいそうだもんな」
と、がんばって出かけました。
今日も八は、お母さんが焼いたイモ弁当を風呂敷に包んで、それを鼻にひっかけて出かけます。
なぜ鼻にひっかけるかと言うと、八の鼻は天狗の鼻みたいに長く、お弁当をひっかけるのにはちょうどいいのです。
でも、いいのは山へ弁当を届けるときだけで、あとはいい事など一つもありません。
顔を洗うときも、ごはんを食べるときも、長い鼻は邪魔です。
おまけに近所の子どもたちに、
「やーい。天狗っ鼻の八、やーい」
と、からかわれて、ずい分と、くやしい思いもしました。
(けど、まあ、仕方ないや)
八はそう思って、気にしないように自分に言いきかせてきました。
さて、弁当を鼻にひっかけた八が山道に入ったとき、どこからか小ザルが飛び出して来て、八の鼻から弁当をヒョイと取っていきました。
そして、
「あっ、こらっ!」
と、八がどなったとたん、驚いた小ザルは、なんと弁当を谷底へ投げたのです。
「ああ」
小ザルは、そのままどこかへ逃げて行きました。
弁当はゴロゴロと転がっていき、やがて川に落ちて流されてしまいました。
「大変だ。早く、イモ弁当を取って来なきゃ。父さんが、腹を空かして待っているんだ」
八は木の枝や岩につかまりながら、谷へ下りて行きました。
弁当は水に浮かんで、どんどん流れて行きます。
「まてー!」
八は、川原を走って追いかけます。
走って走って気がつくと、川はいつの間にか海に流れ込んでいました。
弁当は海の波にのまれて、もう見えません。
がっかりして八が戻ろうとしたとき、岩山の上に見た事もないほど、きれいな御殿がたっていることに気がつきました。
八は、御殿の方へ歩いて行きました。
「ちょっとのぞいてみるだけなら、しかられないよな」
御殿のまわりには、花がたくさん咲いています。
赤い花、黄色い花、うす紫の花が、きれいに重なり合って咲いています。
まるで、花の雲が広がっているようです。
(ああ、なんてきれいなんだろう。そうだ。一本だけ、母さんの土産にもらっていこう)
そして、八が花に手を伸ばしたときです。
「八や、ようこそ」
「うひゃ!」
八は驚いて、伸ばした手を引っ込めました。
でも、まわりを見ても誰もいません。
「おかしいな?」
そして、もう一度手を伸ばすと、
「八や。御殿(ごてん)へいらっしゃい」
と、まるで鈴の音色のような声が聞こえてきます。
そこで八は、そっと御殿の方へ近づいて行きました。
すると宝石をちりばめた扉がスーッと開いて、中から美しいお姫さまが八を迎えてくれました。
「八、よく来てくれましたね。お前は、いつもお父さんにお弁当を届けるやさしい子です。そのごほうびに小ザルを使って、ここへ来てもらったのです。お父さんには、かわりのお弁当が届いているはずですから、安心して中へお入りなさい」
お姫さまは、咲いたばかりの花のように美しい笑顔で八に言いました。
「うん。じゃあ」
八は、御殿の中へ入って行きました。
御殿の中は、金色の柱に銀色の天井、まっ赤なじゅうたんが敷きつめられていました。
お姫さまが案内してくれたのは、大広間です。
そこにはたくさんの家来たちがいて、八を笑顔で迎えてくれます。
そして音楽が始まり、大きな食卓に次々とごちそうが運ばれて来ました。
八は上等な椅子に座らされると、たちまち美しいおつきの女の人たちに囲まれました。
お姫さまは、
「八や、何でも願い事があったなら、言いつけるように」
そう言って、大広間を出て行きました。
八は、目の前に運ばれてくるごちそうに、さっそくはしをつけました。
でも、長い鼻がじゃまをして、うまく食べられません。
「ああ、もう。この鼻、いやだなあ」
八がぽつんと言うと、おつきの女の人たちが声をそろえて歌うように言いました。
♪八の鼻、
♪低くなれ。
♪ちょうどいい、
♪高さになれ。
すると、八の鼻はするすると短くちぢんで、かっこうの良い鼻になりました。
「わあ、よかった」
八は大喜びで、パクパクごちそうを食べました。
おいしいごちそうをお腹いっぱい食べると、お姫さまがおみやげの包みを持って入って来ました。
「八や、たくさんめしあがりましたか?」
「はい、もう、いっぱいです!」
「では、このおみやげを持って、お帰りなさい。目をつむって、一、二の三で目を開けたら、もう家についていますからね。では、これからも、お父さんとお母さんを大切にしてあげてくださいね」
「うん」
八はおみやげを受けとると、目をつむりました。
それから、一、二の三で目を開けると、本当に家の前に立っていたのです。
「ただいまっ!」
元気よく戸を開けると、お父さんとお母さんがびっくりして言いました。
「八、その鼻どうしたんだい?」
「うん、実はね」
八が今日あったことを話すと、お父さんは、
「そうだったのか。確かに、おいしい弁当がいつの間にか、届けられていたよ。遠慮なく食べさせてもらったけど、そういうわけだったのか」
「お前がよく働くいい子だから、きっとごほうびをくださったんだよ。よかったね」
お母さんも、にこにこ言いました。
八は、おみやげにもらった包みを渡して言いました。
「一緒に開けようよ」
お父さんとお母さんが包みを開くと、中には宝物がたくさん入っていました。
それから八の家族は、いつまでも仲良く、幸せにくらしました。
おしまい
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