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2009年 2月11日の新作昔話

おとわの池

おとわの池
新潟県の民話

 むかしむかし、長国寺(ちょうこくじ)という寺に、おとわという気立てのいい娘が下女(げじょ)として働いていました。
 ある年の夏、おとわは村の娘たちと山の奥へフキを取りに出かけました。
 おたがいにおしゃべりをしながら、楽しくフキを取っていましたが、そのうちにおとわはフキを取るのに夢中になって、山の奥へ奥へと進んだのです。
 しばらくして、ふと顔を上げて、まわりを見わたしました。
 するとそこには村の娘たちは見えず、すっかり深い霧につつまれていました。
 おとわは、あわてふためいて、
「みんな、どこへいったの。おーい、おーい」
と、大きな声で叫んでみましたが、だれも返事をしません。
 おとわは、すっかり怖くなりました。
「どうしよう。・・・でも、霧さえ晴れてくれば、歩きなれた山だもの、迷うことなんぞありはしないわ」
 しかし霧は、いっこうに晴れる気配がありません。
 しかたなく、おとわは霧の中を歩きはじめました。
 しかし歩いても歩いても、村へは出ませんでした。
 おとわは歩きくたびれて、松の木の根もとへしゃがみこみました。
 ふと着物のすそをみると、すっかり汚れてまっ黒です。
 どこか汚れを落とす水はないかとあたりを探すと、少し先の方に、かすかに水面の白く光っているのが見えました。
 それは、小さな池でした。
 おとわは着物を脱いで裸になり、身体を池の水にしすめながら着物の汚れを洗いました。
 するとその途端、池の底からゴーゴーという地鳴りのような音がひびいてきて、ガラガラと天地もさけんばかりのものすごい音がしました。
 やがて静かになると、周りの地面がくずれ落ちて、ぽっかりと大きな池が出来ていたのです。
 無気味に静まりかえった池の底から、太い男の声が聞こえてきました。
「おとわよ。わしは、お前がくるのを待っておった。いま、お前がわしの池で裸になったのは、わしの嫁になることを承知したことになるのだ。今日から三日目の晩が嫁入りだ。お前を迎えにいくぞ」
 おとわは、ただブルブルとふるえていました。
 やがて霧はすっかり晴れて、見なれた道が見えました。
 おとわは懸命に山をかけおりて、お寺に帰り着くと、そのまま床についてしまいました。
 和尚は、おとわの身を心配して、
「おとわ、どうしたんじゃ? どこか具合でも悪いのか?」
と、たずねても、はじめのうちは何も言おうとしなかったのですが、二日目になって、やっと口を開きました。
 おとわから、一部始終を聞いた和尚は、
「おとわよ、よく聞け。これは、お前の前の世からの約束だったんじゃよ。人にはそれぞれ運命というものがある。心を静かにして、運命に従うのじゃ」
と、言うと、おとわを本堂につれていき、一心にお経を読みました。
 そしてとうとう、三日目の晩がやってきました。
 和尚とおとわは、ただ夢中でお経を読んでいます。
 すると稲妻がぴかっと光り、雷鳴が天地をとどろかせました。
 そのうちに、ひときわ大きな雷鳴がしたかと思うと、雷雨の空から、
「おとわよ、約束通り迎えにきたぞ」
と、大きな声が、ひびいてきました。
 和尚が本堂の入口からのぞくと、なんと大蛇が庭でとぐろをまいていました。
 和尚は大きな声で、
「池の主とは、お前か! 嫁を迎えるというのに、そんな姿でやってくるとは何事だ! おとわを嫁にしたければ、もっとまともな姿で出なおしてこい!」
と、大きくどなったのです。
 すると、庭の池の主は、
「和尚の言うことは、もっともだ。ではさらに三日後の晩に、あらためて迎えにくるとしよう。だが、もしもその時、前世の約束を守らなかった場合には、七日七夜、嵐を吹き荒れさせて、村の田畑や家も人も、村にあるものはことごとく海に流してしまうから、そう覚悟しろ」
と、言葉を残して去っていきました。
(もしも、自分が池の主のところへ嫁にいかなければ、村が流されてしまう。村人を犠牲にするわけにはいかない。村を救わなければ)
と、おとわは決心しました。
 さて、運命の三日目がきました。
 その日は朝から村中の人々がお寺にやってきて、おとわとの別れを惜しみました。
 やがて日が暮れて、空に星が光るころ、遠くの方から馬のひづめの音が聞こえてきました。
「たのもう、約束により、おとわ殿を迎えにきた」
 若い男の声に和尚が出てみると、りりしい若侍が入口のところに立っています。
 おとわは、手をついて
「和尚さん、本当に長い間おせわになりました。これは私の形見だと思って、いつまでもお寺に置いて下さい」
と、櫛(くし)と鏡(かがみ)と小袖(こそで)を、前に差し出しました。
 それから、村人たちに向って、
「みなさん、永い間、可愛がっていただき、ありがとうございました。おとわは、いつまでも村のしあわせを願っております」
と、言うと、若侍にいだかれて馬にのり、闇の中へ消えていきました。
 そのあくる日、村人たちが山に登ってみると、そこには美しい池があり、そのまん中にぽっかりとひとつの浮島が浮いていました。
「ああ、おとわが嫁になった印だな」
「おとわが、おらたちを救ってくれた。おとわは村の守り神だ」
 それからだれとなくこの池を、おとわ池と呼ぶようになったのです。

おしまい

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