きょうの日本民話
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2008年 10月4日の新作昔話
白蛇の精
大阪府の民話
むかしむかし、とても芝居の上手な役者がいました。
役者は芝居の旅を続けていたのですが、あるとき故郷(こきょう)から手紙が届き、そこには、
《母が病気。すぐ戻るように》
と、書いてありました。
お母さんを心から大切に思っている役者は、すぐに芝居を中止して、故郷に帰ることにしました。
荷物をまとめた役者は、走って走って、峠の下の茶屋にたどりつきました。
ここで腹ごしらえと休憩をして、さあ行こうとしたときに、茶屋の主人が言いました。
「この先は暗い山道で、そろそろ日も暮れて真暗闇になります。その上、それは恐ろしい化物が出るとの噂もあります。今夜はここに泊まって、明日の朝に行かれてはいかがでしょう」
役者はていねいにお礼を言ってわけを話し、やはり一刻も早く帰りたいのでと、茶屋を出て行きました。
山道は茶屋の主人の言った通り、足もとが見えないくらいの暗闇に包まれてしまいました。
役者は手さぐりで少しずつ進みましたが、これではいつ足を踏みはずすかわかりません。
「ああ、困った」
と、役者が溜息をついたときです。
バァッといきなり青い炎が燃えたかと思うと、あたりが急に明るくなりました。
そして目の前の古い大きな木が重なり合う中に、小さな家が見えました。
かたむいた屋根には深い緑の苔(こけ)がびっしりとはえて、扉は青いかびに染まっています。
それにそのまわりには、人の骨か動物の骨かはわかりませんが、たくさんの骨が散らばっていたのです。
役者がじっと家を見つめていると、扉がギーと開いて、一人のおじいさんが出て来ました。
おじいさんの頭は真白、顔も真白、着物も真白です。
ただ、眼と口だけが、青く光っていました。
「わしは白蛇の精、千年は生きておる蛇の魂(たましい)じゃ。お前に、うその手紙を書いたのはこのわしじゃ。聞くところによると、お前は化けるのが上手な役者だそうじゃな。そこでわしと、どちらが化かすのがうまいか勝負をしたくてここへ呼んだのじゃ」
役者は心底びっくりしましたが、演技で落ちついたふりをすると、こう言いました。
「いいでしょう。では、まずあなたから化けて見せてください」
「うむ。では」
白蛇の精は青い眼をギラリと光らせると、おまじないの言葉をとなえました。
するとみるみるうちに、あたり一面に黒い雲があらわれて、その中から百とも千とも数えきれないくらいたくさんの神さまや、仏さまや、悪い鬼などが姿を現しました。
金色に光る神さま、象にまたがる神さま、まっ赤な炎をあやつる鬼、大きな刃を振りかざしながら踊る鬼たちでいっぱいです。
その次に白蛇の精は、ふっと息を吹きました。
そのとたんに、黒い雲もたくさんの神さまや鬼たちも消えて、あたり一面がキラキラと、まるで宝石をばらまいたようにまぶしく輝き出したのです。
「どうじゃ。このわしに勝てるかな?」
白蛇の精は、自信満々に役者の顔をのぞき込みました。
すると役者は、道具箱を開けながら白蛇の精を横目で見て、すまして言いました。
「確かに見事です。さてこの私は、いったい何に化けてみせましょうか? あなたのような方は怖いものなどないと思いますが、もしお聞かせ願えればありがたいですね。その怖いものの衣装は、着たくありませんから。勝負の相手とはいえ、苦しむ様子を見るのはいいものではありませんからね」
「なるほど。わしは怖いといったら、なめくじが怖い。あれを見ると震えがとまらず、たちまち立ちあがれなくなるのじゃ。して、お前は何が怖い?」
「私の怖いものといったら、大判小判です。あれをたくさん見ると、もう怖くて死んでしまいたくなります」
役者はそう言ったかと思うと、道具箱からいきなりうす茶色の布をとり出してかぶりました。
そして、ぬるぬると体をくねらせて、白蛇の精に抱きつきました。
すると白蛇の精は、青い眼をまっ赤にして叫びました。
「うぎゃーー! なめくじの化け物じゃー!」
そして泣きながら、住みかへと逃げ帰ったのです。
役者はにやりと笑うと、うす茶色の布をかぶったまま朝を迎えて、山を下りて行きました。
故郷のお母さんはもちろん元気で、役者が旅での話をすると楽しそうに笑いました。
さて、その日の真夜中のことです。
急に家がガタガタとゆれ出すと、壁を突き破って、一匹の大きな白い蛇が入って来たのです。
そして役者を見ると、青い眼をギラギラ光らせて、
「夕べは、よくもやってくれたな。お前も恐ろしい目に合わせてやる。お前が怖がっていた小判だ。それ!」
と、大判小判を滝のように降らせて、帰って行ったそうです。
おしまい
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