2011年 6月24日の新作昔話
娘の寿命
鹿児島県に伝わる弘法大師話
むかしむかし、弘法大師は旅の途中、川で洗濯をしている美しい娘に出会いました。
ふと目が合い、にっこり微笑むその娘を見た大師は、
「可愛らしい娘さんじゃが、おしいことに、命がもう三年しかない」
と、一人言を言ったのです。
それを聞いた娘はびっくりして家へ飛んで帰ると、お父さんとお母さんにその事を話しました。
するとお父さんとお母さんは、
「それは大変! 早くそのお坊さんを追いかけていって、『どうか、もっと命を延ばして下さい』と、お頼みしてきなさい」
と、いいました。
そこで娘は、大師を追いかけてお願いしました。
「もし、もし、お坊さま。どうか、わたしの命をもう少し延ばしてくださいませ」
すると大師は、困った顔で言いました。
「うーむ。そうしてやりたいのだが、今のわたしの力では、人の寿命を知る事は出来ても、それを延ばす事は出来んのだ」
これを聞いた娘は、悲しくなってポロポロと涙を流しました。
その涙に心を打たれた大師は、
「それでは娘さん。うまくいくかどうかは分からんが、運命を変える方法を教えてあげよう」
と、こんな事を教えてくれました。
「いいかい。これから北へ、十里(じゅうり→四十キロ)ほど行くと大きな山が三つあり、その中の一番大きな山のふもとに、大きな松の木が三本立っている。
その三本の木の下で、三人の老人が碁(ご)をうっているはずだ。
その三人に、お酒をすすめなさい。
何度も何度もお酒をすすめるうちに、やがて老人はあんたに気がつくだろう。
老人が気がついたら、命の事を頼んでみなさい。
老人は、人の寿命が書かれた帳面を持っているはずだから、うまくいけば、あんたの寿命を書き換えてくれるかもしれん」
これを聞いて、娘は大喜びです。
さっそくお酒の用意をした娘は、
「では、いってまいります」
と、北の高い山をめざして出発しました。
そして三本の松の木にたどり着くと、木の下には大師の言っていた通り、三人の老人が座っていて、そのうちの二人は碁をうち、一人は帳面をつけています。
しかし三人とも、眠っているようにじっとして動きません。
それも、老人が側に置いている木のつえから芽が出て、それに葉と花が咲き、実さえなっているのですから、もう、何年も寝ているに違いありません。
「どうしよう。下手に起こして、機嫌を損ねられても困るし。でも、とりあえずお酒を」
とにかく娘は、大師に教えられたように、老人の近くに三つのおぜんを置いて、それぞれのさかずきにお酒をつぎました。
そして、木のかげで三人の様子を見ていました。
でも老人は、なかなか目を覚ましません。
どうしたらいいかと考えているうち、娘もどうやらねむくなってきました。
「仕方がないわ。ちょっとねむって、この人たちの目の覚めるのを待ちましょう」
娘は松の木によりかかって、つい、そのままねむってしまいました。
そして娘も老人も、それから何十年も、何百年もねむり続けました。
もしかすると、今でもねむっているかもしれません。
おしまい
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