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2011年 8月15日の新作昔話

山の女

山の女

 むかしむかし、ある若者が、ふと山の方を見ると、美しい女の人が手招きをしているのが見えました。
 山はとても遠くにあるのに、なぜかその女の人の顔がはっきりと見えるのです。
「おかしな事も、あるものだな。でも、まさかおれを呼んでいるわけではあるまい」
 そう思った若者は、そのまま仕事に出かけましたが、次の日も、その次の日も、美しい女の人は若者に手招きをしているのです。
「これはもしや、おれに手招きをしているのか?」
 気になった男はその日の仕事を休むと、手招きをする女の人の山へ行きました。

 深い山の中をさまよっていると、目の前にあの女の人が現れました。
 女の人は若者ににっこり微笑むと、若者に言いました。
「いつかは来てくださると、ずっと、お待ちしておりました。わたしは、あなたさまの妻になる約束をした者でございます」
「妻に? ・・・はて、そんな約束をした覚えはないが。大体、わたしにはすでに妻が」
 若者は首を傾げましたが、女の人は気にする事なく、若者を自分の家に案内しました。

 女の人の家は山奥だというのに、お城のように立派なお屋敷で、山海の珍味やおいしいお酒が山の様にあります。
 若者はそれから三日間をその女の人と暮らしましたが、さすがに家に残してきた妻の事が気になって、女の人に村へ戻りたいと言いました。
 すると、女の人は
「あなたの奥さんなら、幸せに暮らしているから心配ありませんよ。
 でも、どうしてもとおっしゃるのなら、様子を見に行かれてもかまいません。
 けれど、ここでの事は、決して話さないでくださいね。
 もし話すと、二度と戻って来られなくなりますよ」
「ああ、わかった。約束する」
 こうして若者が村に戻ってみると、自分の家に大勢の人が集まっていました。
「はて、何があったのだろう? ・・・あっ、おい、これはどういう事だ?」
 若者が顔見知りの一人を捕まえて事情を聞いてみると、その人は腰を抜かすほどびっくりして、
「なっ、何だお前!
 生きていたのか!?
 これは、驚いた。
 お前は三年も前に行方知れずになって帰って来ないから、死んだものだと思って墓までたてたんだぞ。
 そして今日は、お前の三回忌の法要だ」
と、言うではありませんか。
 若者が生きて帰ってきたので、村中が大騒ぎになりました。
 当然の事、今まで何をしていたのかと尋ねられましたが、若者は山の女との約束を守り、山での事は決して話しませんでした。
 けれど、みんなが帰って妻と二人っきりになると、どうしても山での事を黙っていられなくなりました。
(山での事を話せば、あの女のところには二度と戻れない。だが仕方がない、おれにはあの女よりも妻が大事だ)
 そして若者は、山での出来事を妻に話したのです。
 すると話し終えたとたんに若者は気を失って倒れて、気がつくと若者の足腰は全く動かなくなっていました。

 山の女の人との約束を破った若者は、山の女の人に会いに行けないだけでなく、どこにも行けない体になってしまいました。

おしまい

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