2012年 4月9日の新作昔話
彦一のカッパつり
彦一のとんち話 → 彦一について
むかしむかし、彦一(ひこいち)と言う、とてもかしこい子どもがいました。
ある日、彦一が川で魚を釣っていると、そこを殿さまが通りかかりました。
釣りが大好きな殿さまは、かごから降りて尋ねました。
「彦一、何を釣っているのだ?」
彦一は、殿さまをちょっとからかってやれと思って、
「カッパですよ」
と、すまして答えました。
「ほう、カッパとは珍しい。わたしは、カッパというものを、一度は見たいと思っていたところじゃ」
殿さまが川をのぞき込むので、彦一はこう言いました。
「それがね、殿さま。どうもエサが悪くて、朝から一匹も釣れないんですよ。カッパはクジラの肉が大好物なのですが、あいにく家にはなくて」
すると殿さまは、まじめな顔で聞き返しました。
「クジラの肉なら、城にたくさんあるはずじゃ。どのくらい持ってきたらよいのじゃ?」
「そうですね、二貫目(にかんめ→約7.5s)ぐらいですかね。カッパの夕飯に間に合うように、今夜届けてもらえるとありがたいのですが」
「よし、わかった」
殿さまは大きくうなずくと、急いで城へ帰って行きました。
彦一は、にんまりです。
クジラの肉といったらごちそうで、二貫目とは、食べても食べても食べきれないほどの量です。
(へへ、うまくいった)
さて、夜になりました。
彦一が川で待っていると、殿さまがクジラの肉の塊を持って来ました。
そして彦一の隣に座ると、小声で聞きました。
「どうかね? カッパの夕飯に間にあったか?」
「ええ、なんとか。さあ早く、クジラの肉を切ってください」
殿さまは真っ暗闇の中、クジラの肉を刀で少し切って、彦一にわたしました。
彦一は真っ暗闇をいいことに、その肉を釣り竿につけるふりをして、持ってきた竹の皮に包みました。
そして、エサのない釣り竿を川に入れました。
「彦一、どうだ? 釣れたか?」
殿さまが聞くと、彦一はいかにも残念そうに答えます。
「あっ! いま食いついたところなのに、殿さまの声で、カッパが肉を持って逃げてしまいましたよ」
「そうか。それは悪いことをした」
殿さまはまた肉を切ると、彦一にわたしました。
彦一はまた竹の皮に包み、エサなしの竿を川へ入れました。
しばらくすると、殿さまはがまんできなくなり、
「どうじゃ、彦一」
と、声をかけました
すると彦一は、わざと大げさに言いました。
「ああ、せっかく釣れそうだったのに! 殿さまの声で、肉を持って行かれましたよ」
「そうか。それはすまん」
殿さまは小さくなって、もう一度肉を切ってわたします。
彦一はそれを、こっそり竹の皮に包みます。
これを何度もくり返しているうちに、とうとう肉がなくなってしまいました。
「殿さま、残念です。また今度にしましょう」
「そうか。今日はわたしが悪かった。しかし彦一、カッパを釣ったら必ず城に見せに連れて来るんじゃよ」
殿さまはそう言って、城へ帰って行きました。
さて、殿さまが行ってしまうと、彦一は竹の包みをかかえて、急いで家に帰りました。
そして自分が食べる分を先に取ると、残りを近所に配りました。
おしまい