2013年 1月28日の新作昔話
鬼といり豆
静岡県の民話
昔々、とある小さな村がありました。
ある時、ひどい干ばつで田んぼは干からび、畑の作物も枯れ、村人達は飢饉に見舞われました。
ある日、一人の男が干からびた畑の前で「雨さえ降ってくれればなぁ…。」と呟くと、どこからか鬼が現れました。
男は最初こそ驚いたものの、鬼の言った「お前の娘の一人を嫁にくれたら、雨を降らせてやる。」の一言に思わず頷きました。
鬼は「約束したぞ。」と言って、どこかへ行ってしまいました。
その日の夜、鬼の言ったとおり滝のような雨が降りました。
村人達は皆喜び、次々と水を吸っていく田んぼや畑を見ながら、雨の中を踊りました。
雨は三日三晩降り続け、作物も村人もすっかり元気になりました。
しかし、男の家は通夜の様に沈んでいました。
「約束どおり雨が降ったんだ。一体誰が鬼の所へ嫁に行く?」
男には娘が三人いました。
上の二人はすぐさま首を横に振りました。
「鬼の所へ嫁に行くなんて、絶対嫌よ。」
男が途方にくれると、一番下の娘お福が言いました。
「私が嫁に行くわ。」
男や妻が必死で説得しても、お福は「約束だから。」と頑として譲りませんでした。
翌日、鬼は嬉しそうな顔で男の家に現れました。
「雨は降らせてやった。約束どおり娘を貰っていくぞ。」
それだけは勘弁してくれと男が必死に懇願しましたが、鬼は首を縦に振りませんでした。
男は、泣く泣くお福を鬼へと差し出しました。
「これを持って行きなさい。」
男の妻は鬼の目を盗んで、お福の着物の袖に菜の花の種を入れました。
「それじゃあ、行くぞ。」
「お父さん、お母さん、元気でね。」
鬼はお福を抱えると、物凄いスピードで走り出しました。
一歩で山を二つ越え、一つ跳びで大きな川を飛び越えて、遠くの住処へと風の様に駆け抜けました。
お福は鬼に抱えられながらそっと菜の花の種をまきました。
半日もしないうちに鬼とお福は、鬼の住処へとたどり着きました。
「さぁ、何でも好きなものを食え。」
鬼は笑顔で沢山の木の実や果物を持ってきました。
それから数ヶ月が過ぎました。
鬼はとても親切で、季節ごとに美味しいものを持ってきてくれます。
そして春のある日のこと、鬼はいつもの様にどこかへと出掛けて行きました。
いつもは洞窟で大人しくしているお福は、この日は鬼がいなくなると同時に外へと出ました。
外には春の野草が溢れる様に咲いていました。
そして、その中にお福がまいた菜の花が、黄色い道を作る様に村へと伸びていました。
「お父さん、お母さん、今帰るからね。」
お福は菜の花の道を夢中で駆け出しました。
村ではお福の家族が沈み込んで朝食をとっていました。
と言うのも、お福が鬼の所へ行ってから、男の家は一度たりとも明るい日は無かったのです。
皆が黙って箸を動かしていると、小さく玄関の戸を叩く音が聞こえてきました。
「おや?こんな朝から誰だろう?」
男が首をかしげながら戸を開けると、そこにはお福が立っていました。
「ただいま。お父さん。」
男があまりの驚きに声を出せずにいると、男の妻が奥から様子を見に出て来ました。
そしてお福の姿を見て驚きの声を上げ、泣きながら抱きしめました。
妻の声を聞き、上の二人の娘達も顔を出し、妹の姿を見て泣き出しました。
そうして男とその家族は久しぶりに明るく楽しい朝ごはんを食べました。
朝ごはんを終えてから男はお福にどうやって帰ってきたのか訊ねました。
お福は「菜の花の道を辿ってきたの。」と言って笑いました。
しかし、最初は笑っていた家族も、いつ鬼がお福を取り返しに来るかと思い、次第に怯え出しました。
「もう二度と絶対に、お福を鬼の所へなんかやらん。」
男がそう言うも、怒り狂った鬼を想像すると自然と体が震えます。
すると男の妻が急に立ち上がりました。
「いい考えがある。」
そうして急いで豆を炒り始めました。
その日の昼、鬼が怒りの形相で男の家を訪ねてきました。
「俺の嫁を返せ。」
男は妻に言われたとおり「お福は病気だ。今連れて帰らせるわけにはいかない。」と言いました。
しかし鬼も引き下がりません。
「それならばいつ迎えに来ればいい?」
男は「この豆が芽を出したら来い。」そう言って炒った豆を鬼に渡しました。
「芽が出たら必ず迎えに来るからな。」
鬼はそれを受け取ると、渋々ながらも住処へと帰って行きました。
鬼は帰るとすぐに豆を植えました。
そして芽が出る様にと毎日水遣りを続けました。
しかし夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、又春が来ても豆は芽を出しません。
鬼は待ちきれずに「お福を迎えに来たぞ。」と男の家を訪ねました。
「もう芽は出たのか?」
芽が出ていない、とは言えず鬼はひたすらお福を出せと言いましたが、男も「もう芽は出たのか?」の一点張りでした。
「芽は出ていないが、もう待てない。」
「芽はまだ出ていないんじゃないか。約束が違う。芽が出ていないのならお福をやるわけにはいかない。」
「埒が明かない。」
と鬼がそう言うと、男は怒って炒り豆を鬼に向かって投げました。
豆をぶつけられた鬼は、仕方なく住処へととぼとぼ帰って行きました。
「約束どおり芽が出せないうちに行ったから、お福は取り戻せなかった。」
そうして鬼は又豆に水をやり続けました。
その頃、鬼を追い返した村では、男とその家族が抱き合って喜び合っていました。
「いった豆から芽は出ない。これで鬼ももう来ないだろう。」
妻がそう言って笑い、男や娘達も笑い出しました。
それからと言うもの、その村では毎年その日には「鬼は外。」と言って、炒った豆を外にまくようになったということです。
おしまい
この物語は、福娘童話集の読者 山本様からの投稿作品です。
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