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6年生の日本民話
あの世への迎(むか)え
福島県の民話
むかしむかし、会津(あいづ→福島県)の殿(との)さまのもとに、直江山城守兼続(なおえやましろのかみかねつぐ)という家老(かろう)がいました。
ある時、三室寺庄蔵(さんむろじしょうぞう)という山城守(やましろのかみ)の家臣(かしん)が、ささいなことから家来の一人を殺してしまいました。
それを知った、殺された家来の身内の人たちは、
「家来だからといって、たいした事でもないのに、お手討(てうち→死刑(しけい))とはひどすぎる!」
と、うったえをおこしました。
これをきいた、山城守(やましろのかみ)は、
「不欄(ふびん)なことをしたが、どうやっても死んだ者は帰らない。手厚くとむらい、それなりのお金でかんべんしてもらえ」
と、銀貨二十枚(ぎんか20まい)を、身内の者たちにあたえるようにいいました。
けれども身内の者たちは納得(なっとく)せず、うったえをとりさげようとしません。
「わたしたちは、金などいりません。あくまでも、殺された本人をかえしていただきたいのです」
それを知った城下(じょうか→町)の人々からも、同情(どうじょう)する声が高まってきました。
「身内のうったえは、もっともだ。直江(なおえ)さまは家臣をかばいすぎる!」
すると山城守(やましろのかみ)は、殺された家来の兄とおじ、おいの三人を呼(よ)びだして、こういいました。
「死んだ者をかえせというが、どうすればよいのじゃ。それほどまでにいうなら、本人を呼(よ)びもどすほかあるまい。すまぬがそなたたち三人で、これからエンマ大王のところへいってつれもどしてまいれ」
山城守(やましろのかみ)は三人を橋のたもとへつれていくと、そこで三人を切り殺してしまったのです。
そして橋のたもとに、次のような立て札(ふだ)をかかげました。
《わが家臣、三室寺庄蔵(さんむろじしょうぞう)が家来を成敗(せいばい)したが、身内の者たちがなげき悲しんで本人をどうしても呼(よ)びかえしてくれと申してきかない。そこで、身内の者の三人をむかえにやることにした。エンマ大王さま、先にそちらへいった者を、ぜひ三人にかえしてくださるよう、おそれながら願いあげる。慶長二年(けいちょう2ねん)(一五九七年)二月七日 エンマ大王殿(だいおうどの)へ 直江山城守兼続(なおえやましろのかみかねつぐ)》
この立て札をかかげてから、町の人たちはおそろしくなって何もいわなくなりました。
山城守(やましろのかみ)のやりかたを、
「さすがは山城守(やましろまもる)!」
と、ほめたたえる者もいましたが、
「ずいぶんと身勝手(みがって)で残酷(ざんこく)な処置(しょち)だ!」
と、山城守(やましろのかみ)をおそれて、うらむ者たちもずいぶんいたそうです。
ちなみに山城守(やましろのかみ)は、それから二十二年後の十二月十九日に、六十歳(60さい)でなくなりました。
おしまい