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9月30日の世界の昔話
ふしぎな胡弓
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むかしむかし、二人の友だちが、「にいさん」「おとうと」と、よびあって、兄弟のようになかよくくらしていました。
ある日のこと、二人でいっしょに山へ狩りにいきました。
すると、ふいに頭の上を、バタバタッと、見たこともない大きな鳥がとんでいきました。
すぐさまにいさんは、矢をいようとしましたが、それを弟が、
「まって、あの鳥はなんだろう?」
と、にいさんをとめました。
見ると、その鳥は人間らしいものをつかんでとんでいるのです。
いま、いおとせば、人の命がたすかりません。
そこで二人は山をよじのぼり、谷をわたって、どこまでもどこまでも鳥のあとを追っていきました。
二人が歩きつかれてヘトヘトになったころ、ようやく鳥はまいおりました。
そして、ふしぎなほら穴にそのえものをかくすと、またも大空高く、まいあがっていきました。
二人はすぐにかけよって、ほら穴の中をのぞきこみました。
ほら穴は、深い深いたて穴で、なかなかおりることができません。
「にいさん、このつなの先を持っていて。ぼくがおりて、中の人を助けたらあいずをするよ。そしたらつなをひっぱりあげて」
弟はそういって、つなをつたわって、スルスルと穴の底へおりていきました。
穴は思ったよりも深くて、どこまでいっても底につきません。
おまけに、だんだんひろくなっていくのです。
にいさんは穴の外で弟からのあいずを、いまかいまかとまっていました。
やがて日がくれて、夜になりました。
それでも、弟のあいずはありません。
そのうちに東の空があかるくなると、きゅうにさわがしい人の声が聞こえてきました。
「お姫さまをさらったあやしい鳥が、この山にはいったのを見たものがいる。かならずさがしだせ」
「さがしたものには、ごほうびをくださるそうだ」
「いや、それだけじゃない。お姫さまもいただけるそうだ」
にいさんは、木のかげからみんなの話を聞いて思いました。
「さっき鳥がつかんでいたのが、お姫さまにちがいない」
いっぽう穴の中の弟は、岩かげに気をうしなっているお姫さまを見つけだしました。
「しっかりしてください。さあ、元気をだして」
弟はそういいながら、岩かげの水をお姫さまの口にいれてやって、だきおこしました。
お姫さまは、パッチリと目を開けていいました。
「ありがとう。助けてくださってありがとう。・・・ここはいったい、どこですか?」
「・・・・・・」
弟は、お姫さまがあまりに美しいので、ジッと見とれてヘんじもできません。
お姫さまのほうも、このりっぱな若者に心をひかれてしまいました。
けれども、いつまでもこうしてはいられません。
弟はお姫さまをかかえて、つなのさがっているところまではこびました。
そしてお姫さまのからだを、つなにしっかりとむすびつけました。
それから穴の外にいるにいさんにむかって、つなを二、三度ひいて、あいずをおくりました。
にいさんがひっぱりあげてみると、それは美しいお姫さまです。
(まちがいない。お姫さまだ。ごほうびがもらえるぞ。それに、このきれいなお姫さまもだ)
こう思うと、にいさんはとつぜん、つなをひきあげてしまいました。
そして穴の上から石や土を投げおとして、穴の口をふさいでしまいました。
そのうちに、山の中をさがしまわっていた人たちが集まってきました。
すると、にいさんは、
「お姫さまをお助けいたしましたのは、わたくしでございます」
と、いったのです。
そのため王さまから、たくさんのごほうびをいただいたうえに、大臣にしてもらいました。
ただ、お姫さまだけは、
「わたしをたすけてくれたのは、あの人ではありません」
と、いいはって、にいさんのお嫁さんになろうとはしませんでした。
けれども、お姫さまはおそろしい目にあったので、どうかしているのだとみんなはいって、だれもお姫さまのいうことを信じてはくれませんでした。
さて、穴の中にとじこめられた弟は、大声で助けをよびましたが、だれ一人助けにきてくれるものはありません。
しかたなく、もういちど穴の底の道をひきかえして、おくへおくへとすすんでいきました。
と、ふいに、うめき声が聞こえてきました。
弟はいそいで、その声のほうへ近よっていきました。
すると、人が一人たおれていたので、弟はすぐさまかいほうしてやりました。
「ありがとう。あなたはしんせつなお方です」
と、その人は気がついていいました。
「いや、おたすけしても、ここからでられないのです」
と、弟はこまったようにいいました。
「それなら、わたしが案内しましょう。わたしは水の国の王子です。水のあるところなら、どこにでも自由いけるのです」
水の国の王子は、そういって、さきにたちました。
二人は岩のあいだを流れる清水をつたわって、大きなひろい海にでました。
王子がぶじに帰ってきたのを見て、水の国の王さまは、たいへんよろこびました。
「王子を助けてくれたお礼に、宝物の胡弓(こきゅう)をあげましょう」,
弟が手にとってひきはじめると、美しいしらべが流れでました。
そのために海は波うつのをわすれ、風はピタリとやんでしまいました。
こうして弟は、胡弓をひいて旅をしながら、いつか都にたどりつきました。
その胡弓の音色(ねいろ)は都のすみずみまで流れて、人びとの心をなぐさめました。
このふしぎな胡弓ひきのひょうばんは、たちまちお城につたわりました。
王さまは、さっそく、
「その胡弓ひきを、よびなさい」
と、大臣にいいつけました。
いまは大臣になっているにいさんは、胡弓ひきを見てビックリ。
穴の中でとっくに死んだはずの、弟ではありませんか。
そこで王さまに、つげぐちをしました。
「しらべましたところ、あの胡弓ひきは敵の一人でございました。さっそく、死刑にするほうがよいとぞんじます」
それから家来にいいつけて、弟をとらえさせて、死刑にしようとしました。
弟は、さいごのねがいとして、
「死ぬまえに一度だけ、胡弓をひかせてください」
と、お願いしました。
王さまは、これをゆるしました。
弟はしずかに、胡弓をひきはじめました。
そのウットリするような美しいしらべは、人びとの心の中にしみわたっていきました。
すると、どうでしょう。
死刑をおこなう役人は、刀を投げすててしまいました。
見まもる人びとの心はなごやかになり、お城じゅうが、おだやかなやさしい気分になっていきました。
そのしらべは、お城のおくのヘやにひきこもっている、お姫さまの耳にも流れていきました。
しらべはしだいにさびしく、悲しいひびきをまして、やがて、こううたうように聞こえました。
『お姫さまをおすくいしたのは、だれでしょう? つみもなく、死刑になるのはなぜでしょう?』
お姫さまは、ハッと心をうたれました。
「そうだ、あのお方だわ。あのお方にわたしは、すくわれたのだわ」
お姫さまははだしのまま、かいだんをかけおりました。
胡弓ひきのそばにかけよって、しっかりと手をにぎり、目になみだをうかべて見つめました。
胡弓ひきもお姫さまの手を、つよくにぎりかえしました。
二人はしばらくのあいだ、だまって見つめあっていました。
王さまは胡弓ひきをよんで、あらためてわけを聞きました。
そしてはじめて、なにもかもがわかりました。
王さまはそこで、お姫さまと弟を結婚させて、王さまのくらいをゆずることにしました。
このわかい王さまは、平和な国をつくりあげましたので、人びとからもうやまわれ、国はますますさかえました。
ところがとなりの国は、この国がさかえるのをねたましく思いました。
そして、いくつもの国ぐにを仲間にさそって、いくさをしむけてきたのです。
まえの国王も、おきさきも、はやく兵隊をくりだして、敵をむかえうつようにといいました。
けれどもわかい王さまは、それを聞きいれません。
とうとう、お城の近くまで、敵がせまってきました。
このとき、わかい王さまは、お姫さまといっしょにお城の高い塔にのぼって、しずかに胡弓をひきはじめました。
胡弓のしらべは水のように流れて、敵の兵士たちの心をきよめました。
わかい王さまは、敵によびかけました。
「聞きなさい、兵士たちよ。すぐに弓矢をすてて、国へ帰りなさい。むだな戦いをして、たがいに命をすてるのはバカなことだ。母や、妻や、子どもたちのことを考えなさい」
そのことばにつれて、胡弓の音がやさしく、そして力づよく流れました。
敵の兵士たちはそれを聞くと、一人、二人と、弓矢をすて、やがてみんながこうさんしました。
そして国へ帰ってからも、この胡弓のしらべをわすれずに、二度とせめてはきませんでした。
わかい王さまの胡弓のしらべは、国ぐにのあらそいも、にくしみも、すべてをおし流してしまったのです。
それからはみんなが、いつまでもいつまでも、なかよく平和にくらしました。
このお話には、長いあいだ外国の支配をうけていた、ベトナムの人びとの平和ヘの願いがこめられています。
おしまい