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福娘童話集 > きょうの新作昔話 > 海の落ちたピアノ スウェーデンの昔話 ストリンドベリ
2008年 6月25日の新作昔話
海の落ちたピアノ
ヨハン・アウグスト・ストリンドベリの童話
むかしむかしの、静かな夏の夕方の事です。
海の底では、さかなたちがゆっくりと泳ぎまわっていました。
そこへ、いきなり大きな音がしたかと思うと、まっ黒な物が海に落ちてきたのです。
ポロロン、バーン!
黒くて大きな物は不思議な音を響かせながら、海の底で止まりました。
落ちてきたのは、舟で運ばれてきた古いピアノでした。
引っ越しの荷物を陸にあげる人が、うっかり手をすべらせてしまったのです。
「いったい、何だろう?」
さかなたちは寄ってきて、ピアノを見ました。
「もしかすると、食べ物かもしれないよ」
さかなのアジが、いいました。
「いいえ、これはかがみですよ。だって、わたしの姿がうつっているじゃありませんか」
と、スズキがいいました。
「ぼくは、はたおり台だと思うよ。だって、こんなにたくさんの糸がついているんだもの」
トビウオは、ピアノ線を見つけていいました。
それから大きなサバがペダルの上に乗ると、ピアノが『グワーーン』と鳴ったので、さかなたちは驚いて逃げて行ってしまいました。
その夜、海は荒れていました。
波がピアノをゆさぶると、
♪ポロン、ポロロン
と、音楽がひびきます。
ピアノは一人ぼっちで、歌っていたのです。
朝が来るとトビウオの群れがきて、こわれかけたピアノの箱で遊びました。
するとピアノから、
♪ポロン、ポロロン
と、やさしい音が聞こえました。
海の底でなっているピアノの音は、陸の桟橋(さんばし)のところまで聞こえてきました。
♪ポロン、ポロロン
「ねえ、なんだろう? 海の中で音がしているよ」
ピアノの音を聞いた男の子が、女の子にいいました。
「あれはきっと、人魚が歌っているのよ」
女の子は、夢見るような声で答えました。
若い男の人と女の人も、ピアノの音を聞きました。
♪ポロン、ポロロン
とても幸せな二人には、かすかに聞こえてくる音楽が、自分たちの心の中でひびいているように思われました。
ピアノは夏の間中、そこに落ちていました。
だけど、だんだんこわれて、けんばんも、ピアノ線も、ボロボロになりました。
けれど、波やさかなたちがさわるたびに、
♪ボロン、ボロロン
と、歌っていました。
さて、月が美しい夜のことです。
人々は、ボートに乗って遊んでいました。
♪ボロン、ボロロン
海の底からピアノがひびいてくると、みんなが笑いました。
こわれかけたピアノは、おかしな音しか出せなくなっていたのです。
でもたった一人だけ、悲しそうに海の底を見つめている人がいました。
それは、海に落ちたピアノの持ち主だった、女の人です。
もう古ぼけたピアノでしたが、女の人には、たくさんの思い出がありました。
一人ぼっちでさびしかった夜、慰めてくれたピアノ。
恋をして、うれしくて、たまらない日にひいたピアノ。
そのピアノで女の人は、赤ちゃんのための子もり歌をひきました。
小さかった赤ちゃんは、もう立派な少年になって、女の人を乗せたボートを、ぐんぐんとこいでいます。
「あのピアノは、わたしの大切な友だちだったわ。わたしの心のすみまで知ってくれて、何十年も、一緒に歌ってくれたわ。それが、今はもう、さわることも見ることもできないところに行ってしまった。わたしは二度と、大好きだった友だちに会うことはできないのだわ」
女の人は、そっとためいきをつきました。
夏が終わって、秋が来ました。
あらしがうなりながら、海を通りました。
はげしい波に打たれて、ピアノは、ひっきりなしに歌いました。
でも、おかしな音しか出せなかったピアノは、最後の力を振りしぼって、
♪ポロン、ポロロン
♪ポロン、ポロロン
♪ポロン、ポロロン・・・
と、美しい音で歌いました。
それは、海に落ちたピアノが、大切な友だちだった女の人におくる、お別れの歌だったのです。
ピアノは歌いながら、海の底へ流されていきました。
そしてそれっきり、不思議な音楽が聞こえることはありませんでした。
おしまい
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