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        福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語) 
         
        百物語 第97話 
          
          
         
もうはんぶん 
      
       むかし、江戸の町に、やたいの酒うりがいました。 
 ひや酒(つめたいお酒)や、かん酒(あたためたお酒)をうるのです。 
「いまにも雨がふりだしそうで、いやなばんだなあ。まとまったお金があれば、ちゃんとした店でしょうばいができるのに」 
 酒うりの男がぼやいていると、 
「ちょっと、のませてくれんかね」 
 しらがのめだつ、おじいさんがやってきました。 
 みなりがだらしなく、きものがうすよごれています。 
「ちゃわんにはんぶんほど、のませてもらいたい」 
「へい」 
 酒うりが、いわれたとおりに酒をだすと、おじいさんは、ググッと、ひといきにのんで、 
「もうはんぶん、もらおう」 
 からのちゃわんをつきだしました。 
 そしてそれを、なんどもくりかえしたのに、ぜんぜんよっぱらいません。 
 ときどきかんがえこんでは、ためいきをついたりしています。 
「はんぶんずつでなく、とっくりごとのんではいかがです」 
 酒うりがすすめても、 
「そういうきぶんにはなれんのだよ。もうはんぶん」 
と、からのちゃわんをつきだすのです。 
(まったく、ケチなおきゃくだ) 
 そのうちに、おじいさんは、 
「いくらだい?」 
 小ぜにでかんじょうをすませて、フラッと、かえっていきました。 
 酒うりがふとみると、やたいのはしに、しまもようのどうまき(さいふ)が目にとまりました。 
(いまのじいさんが、小ぜにをだすときにとりだして、わすれていったんだな) 
 酒うりがどうまきを手にすると、ズッシリしています。 
 ひもをはずしてのぞくと、たくさんの小判(こばん)が入っていました。 
(おおっ! これだけあれば、店の一けんくらい、わけなくかりられるぞ) 
 酒うりがニンマリしていると、さっきのおじいさんが顔色をかえて、かけもどってきました。 
「ここに! ここに、しまのどうまきをわすれていったのだが!」 
「どうまき? はて、そんなもの、かげもかたちもありませんでしたよ。よっぱらって、おもいちがいをしているんでしょう」 
「いや、たしかにここにおいたまま、うっかりしたのだ。たのむ、かえしてくれ。むすめをうってこしらえたお金なんだ。あれがないと、身なげをせねばならん」 
「なに、かえしてくれだと! ひとぎきのわるいことをいわないでもらいたいね。とんでもないいいがかりだ。さ、かえった、かえった。しょうばいのじゃまだよ」 
 酒うりは、とうとう、おじいさんをおいかえしてしまいました。 
 そのばん、おじいさんはちかくの川に身なげをして、死んでしまいました。 
 一方、酒うりのほうは、ねんがんの店をかまえて、だんなにおさまりました。 
 しょうばいははんじょうするし、お嫁さんをもらえば、すぐにあかんぼうにもめぐまれるし、いうことありません。 
「ありがてえ、ありがてえ。ばんばんざいだ」 
 ところが、あかんぼうは、うまれたときから歯がはえていて、顔中がしわだらけです。 
 ちっとも、かわいくありません。 
 おかみさんでさえ、きみわるくて、せわをしたがらないほどでした。 
 うばをやとっても、 
「おひまをいただきます」 
 三日と、いてくれません。 
 あるばん、だんなはそのわけをしらべようと、真夜中(まよなか)までおきていました。 
 すると、スヤスヤねむっていたあかんぼうが、むっくりおきだして、あたりをみまわしてから、行灯(あんどん)のあぶらをおいしそうになめはじめたのです。 
 あまりのことに、だんなはこしがぬけてしまいました。 
 すると、あかんぼうはヒヒッとわらって、 
「もうはんぶん」 
 ちゃわんをつきだすかっこうをしました。 
 その顔は、あのときのおじいさんと、うりふたつ。 
 あかんぼうは、おじいさんのうまれかわりだったのです。 
 だんなは、そのばんからねつをだして、とうとう死んでしまいました。 
      おしまい 
         
         
        
       
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