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百物語 第161話

重箱おばけ

重箱おばけ

 むかしむかし、ある町のはずれに、法華坂(ほっけざか)という、かなりきゅうな坂がありました。
 ふだんは人どおりのない、ひどくさびしいところで、たまに旅のものがとおるくらいのものでした。
 さて、この坂の上に茶店が一けん、坂の下にも茶店が一けん、ちょうど、おなじようにたっていました。
 ところがこの法華坂には、近ごろ、ばけものがでるといううわさです。
 なんでもそのばけものは、重箱(じゅうばこ→食物を盛る箱形の容器で、2重・3重・5重に積み重ねられるようにしたもの)みたいな顔をしていて、しゃべるときは、パカパカとふたがあくといいます。
 それで、町の人たちは、
「重箱おばけ」
と、いって、こわがっていたのです。
 この話をきいた、ひとりの侍が、
「まことに、けしからんばけものじゃ。拙者(せっしゃ)が退治(たいじ)してくれよう」
と、こしの刀をしっかりおさえ、法華坂をのぼっていきました。
 いまでるか、いまでるかと、用心しながらのぼっていきましたが、なにもでません。
 ついに坂をのぼりきってしまいましたが、ばけものは現れませんでした。
「ふん、拙者がこわくて、でてこれんのじゃろう。やい、ばけものめ。でるのか? でんのか?」
 あちらこちらを見まわし、どなってみましたが、いっこうに返事がありません。
 侍は、上の茶店の縁台(えんだい→木・竹などで作り、庭などに置いて夕涼みなどに用いる、細長い腰かけ台)にこしをおろして、わらじ(→詳細)のひもをしめなおしながら、
「おい、おかみさん。おかみさん」
と、よびました。
「はい」
「なにか、あったかいものを一つ、たべさせてくれんか」
「はい、はい」
 茶店のおかみさんは、むこうをむいたまま返事をしました。
 侍は前にあった茶わんに、かってに湯をさしてのみながらたずねました。
「おかみさん。ここらに、重箱おばけがでるという、うわさをきいたが、いまでもでるかな」
「はい。ときどき」
「ほう、でるかね。そいつはいったいどんなやつか、お目にかかりたいもんだ」
 すると、うしろむきの女は、
「いいですよ。重箱おばけというのは」
と、いきなりクルリと、侍のほうをむきました。
 その顔は、大きな重箱のように、まっ四角で、目もはなも口もありません。
 ふたがパカッと開いて、
「こんなもんです。ベーッ」
と、ながい舌でアカンベーをしました。
「うわーっ!!」
 侍はビックリして、とびあがりました。
 退治するどころか逃げ出すのがせいいっぱいで、茶店をとびだすと、ころがるように坂をかけおりていきました。
 そして、坂下にある茶店にとびこむと、ハアハアと、いきをきらせて、やっと柱につかまりながら、そばの縁台にこしをおろしました。
 まだ、ひざがガクガクとふるえています。
 おくではたらいている、茶店の女に声をかけました。
「いやはや、おそろしいかおじゃったわい。たったいま、拙者は重箱おばけを見てきたぞ。ねえさん。おまえさんはこんなところにおって、おそろしゅうはないのかね」
「いいえ、ちっとも」
 女はふりむきもせずに、こたえました。
「そうかい。若いねえさんがこわくないとは、おどろいたな。だがそれは、重箱おばけがどんなもんか、しらんからだろう」
 すると、その女は、
「あら、知っていますよ」
と、いきなりクルリと、こっちをむいて。
「だってあたしも、重箱おばけですから。ベーッ」
「ギャアアーー!!」
 侍はとびあがると、すごいはやさで町へにげかえったそうです。

おしまい

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