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百物語 第312話

ニンジンの始まり

ニンジンの始まり
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 むかしむかし、一人一人の馬引きが、いつものように馬の背中に米俵を積んで森の中を歩いていると、
♪カラン、コロン
♪カラン、コロン
と、どこからか下駄で歩く音がして、それを聞いた馬が急に動かなくなってしまいました。
「どうした?」
 馬引きが馬に声をかけようと振り返ると、何と馬のすぐ後ろに、一本歯の高下駄を履いた背の高い女が、まっ青な顔で立っているのです。
「お、お、お前は・・・」
 馬引きは声を出そうとしましたが、金縛りにあってしまい、うまく声が出ません。
 馬引きがふるえていると、青い顔の女はいきなり馬の背中の米俵に手を伸ばして、ひょいと片手で米俵をかつぐと、
♪カラン、コロン
♪カラン、コロン
と、再び下駄の音を響かせながら、森の奥へと消えてしまいました。
「で、出たー! お化けだー!」
 ようやく金縛りが解けた馬引きは、夢中で馬に飛び乗ると、あとも見ずに逃げ帰りました。
 そしてそれからも、馬引きがこの森の中を通る度に、青い顔のお化けが現れて、荷物の米俵を取っていくのです。
 そんなある日、馬引きは決心をしました。
「よーし、もうこれ以上、米俵を取られてなるものか! あの化け物の正体をあばいてやるぞ!」
 そこで馬引きは、今回も荷物の米俵を取られたものの、勇気を出して青い顔のお化けが帰って行った後を追いかけたのです。
 しばらく行くと、山奥にボロボロの一軒家がたっていて、青い顔のお化けはその中へと消えました。
(これが、お化けの家だな)
 馬引きは気づかれないように屋根へ登ると、天井の窓から中をのぞいてみました。
 するとお化けは、お風呂のように大きなかまの中に米俵の米を全部入れて、ごはんをグツグツと炊き始めたのです。
(あんなに多くの米を炊いて、どうするつもりだ。とても、一人で食べられる量ではないぞ)
 するとお化けは、炊きあがったご飯を、うちわのように大きなしゃもじですくいあげると、あっという間に平らげてしまったのです。
(うひゃー! さすがはお化けだ!)
 馬引きが怖いのも忘れて見とれていると、お化けは大きくなったお腹をさすりながら、
「ああ、腹が一杯になった。さて、風呂にでも入るか」
と、さっきの大きなかまにお湯を沸かして入ると、そのままグーグーと居眠りを始めたのです。
 それを見た馬引きは、
(よし、お化けを退治するのは今だ!)
と、天井の窓から家の中に飛び降りるなり、そばにあったふたをかまの上にのせて、その上に石うすの重しをしてしまいました。
 やがて目を覚ましたお化けは、お風呂の中からふたを押し上げようとしましたが、ふたは重たくて持ち上がりません。
 その間にも馬引きは、かまの火をどんどん大きくしていきます。
 お化けはかまの中で大暴れしますが、馬引きは構わず、そのまま一晩中、火を燃やし続けました。
 さて翌朝、カマの中のお化けが静かになったので、馬引きは恐る恐る、かまのふたを取ってみました。
 するとそこにはお化けの姿はなく、赤くてドロドロした物が浮かんでいたのです。
「なんだこれは?」
 馬引きはその赤くてどろどろした物をひしゃくですくうと、お化けの家の前に捨てました。
「やれやれ、これでもう、米俵を取られないだろう」
 馬引きは、ほっとして家に帰りました。
 そして次の日からは、思った通り、お化けは現れませんでした。

 それから何日かしたある日、馬引きが森の中を歩いていると、馬が急に森の奥に向かってかけ出したのです。
「おい、待て、待たんか!」
 馬引きはびっくりして、あとを追いました。
 すると馬は、あのお化けの家のある方へと、まっすぐに走って行くのです。
(まさか、あのお化けが生き返って、呼んでいるのではあるまいな)
 馬引きがびくびくしながら、お化けの家の前にきてみると、赤いドロドロの物を捨てた場所に長い葉っぱが生えていて、馬がその葉っぱを引き抜いて、まっ赤な根の野菜を美味しそうに食べているのです。
 不思議な事に、それを食べてからというもの、馬はとても元気が出て、いくら重い物を背中に積んでも平気になったのです。
 ある日、馬引きは試しに自分も、その赤い根を食べてみました。
 すると急に体の疲れが取れて、体中に力がわいてくるのです。
「なるほど、こいつはすごい」
 馬引きは赤い根を持って帰り、自分の畑で育てる事にしました。

 この赤い根の野菜がニンジンで、ニンジンが出来るようになったのは、そのときからだそうです。

おしまい

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