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百物語 第329話

安義橋(あきのはし)の鬼

安義橋(あきのはし)の鬼
滋賀県の民話 → 滋賀県情報

 むかしむかし、近江の国(おうみのくに→滋賀県)の国守(こくしゅ)のお屋敷に、元気のよい若者たちが大勢あつまっていました。
 みんなは国守の家来ですが、今日は特に用事もなかったので、思い思いにおしゃべりをしています。
 そのうち一人の若者が、こんな事を言い出しました。
「なあ、知っているか? 安義橋(あきのはし)という橋は不思議な橋で、なんでもあの橋を渡った者は、生きて帰れないといわれているそうだ。きっと、鬼が出てくるのだろう。だからいまでは、人っ子一人通る者はないそうだ」
 この話しを聞くと、その隣にいた男がいいました。
「鬼が出るなんて、うそに決まっている。なんなら、おれがその橋をわたってみせよう」
「なに! 本当に、わたれるか?」
 その話しに、まわりのみんなが集まってきました。
 するとその男は、いよいよ得意そうに言いました。
「もちろん、渡れるさ。しかし、ひとつ条件がある。このお屋敷にあるお馬を、お借りする事だ。あのお馬は日本一のお馬だ。あれに乗って行けば、何でもないさ」
 この男は、馬を借りられるはずはないと計算していったのですが、ちょうどその時、国守が奥から入って来て、
「話は聞いたぞ。それならあの馬を、すぐにでも貸してやろう」
と、言ったのです。
 これには、言い出した男も、すっかり困ってしまいました。
「あの、その、ご主人さま。いまの話は、まったくの冗談でございますので、はい」
 男は国守の前で何度も頭を下げましたが、ほかの若者たちがだまっていません。
「なんだ、なんだ。いまさら何をいっているのだ」
「そうだ、そうだ」
「おい、はやくしろ。日がかたむいたぞ」
「そうだ、そうだ」
「ここは男らしく、約束を守れ」
「そうだ、そうだ」
 そういっているうちに、若者の何人かが、馬屋から馬を引き出してきたのです。
 そして馬の背中にくらを置くと、男に言いました。
「さあ、準備は出来たぞ。観念して行ってこい」
 こうなっては、もう逃げ出すわけにはいきません。
(とほほ。・・・つまらないことをいったものだ)
 男は後悔しましたが、仕方なく立ち上がると、馬のそばにいきました。
 そして馬の腹帯がゆるまないように強く締め直したり、馬のお尻に、油をたっぷりと塗ったりしました。
 そして手にむちを一本持つと、馬にまたがって出発したのです。
 さて、安義橋(あきのばし)のたもとまでやってくると、もう、日がくれかかっていました。
「薄気味悪いな。・・・何も、出なければよいが」
 男が馬を小走りに走らせて、橋の中ほどまで進んだときです。
 薄暗い橋の上に、だれかが一人で立っているのが見えました。
「もしかして、鬼?」
 しかしよく見ると、それは女の人でした。
 薄紫色の布を、頭からかぶっています。
 着物は濃い紫色で、赤いはかまをはいています。
 まるで、都の宮仕えのような服装です。
 その女の人が口に手をあて、さびしそうな目つきをして、こちらを見つめているのでした。
(若い女だ。こんなところでどうしたのだろう? だれかに、置き去りにされたのだろうか?) 
 女の人は人が近づいてくるのを見ると、しずかに顔をあげました。
 そして、うれしそうな笑みを浮かべました。
(なんて、美しいのだ)
 男は女の人に、心をひかれました。
(ここに置いていてはかわいそうに。馬にのせて、家まで送ってやろう)
 そう思いましたが、
(いや、待てよ。こんな時間に若い女の人が、たった一人で立っているはずはない。これは怪しいぞ)
と、考え直すと、あわてて馬を走らせようとしました。
 すると女の人は、ふいに声をかけてきました。
「もし、お願いでございます。どうか向こうの村まで、わたしを連れて行ってくださいませ。こんな所に置き去りにされて、困っております」
 美しい声ですが、男はその声を聞くと、なぜか急に身震いをしました。
(これは、人ではない!)
 そして馬にむちを当てると、その場を逃げ出しました。
「まあ、ひどい人。お待ち!」
 後ろから、大きな叫び声がしました。
 さっきの女の人の声とは思えない、まるで大地をゆるがすような声です。
「待てー! 待たぬかー!」
 それと一緒に、ドタドタと、おそろしい足音で後ろから追いかけてきました。
(鬼だ! やはり鬼だ!)
 そう思うと、男は夢中で叫びました。
「観音さま、どうか我をお助けください!」
 しかし後ろから追ってくる足音を、どうしても引き離す事ができません。
 それどころか、何度も何度も馬のお尻に手をかけて、男を馬から引きずり落とそうとするのです。
 幸い、馬のお尻には油がたっぷりと塗ってあるので、手が滑って捕まることはありませんでした。
 男は逃げながら、ちらりと後ろを振り向きました。
 すると先ほどの美しい女は、世にも恐ろしい鬼に変わっていたのです。
 身長は、九尺(きゅうしゃく→約二・七メートル)で、まっ赤な顔で金色の目が、ギラギラと光っています。
 手の指は三本で、爪はまるで刀のように尖っています。
 男は観音さまに祈りながら、なんとか村はずれまでやってきました。
 ちらほらと人家の明かりが見えてくると、ようやく鬼は追うのをあきらめて、
「今日は逃がしてやるが、いつかきっと捕まえてやるぞ!」
と、叫ぶと、どこかへ行ってしまいました。
 男はやっとの事で、国守(こくしゅ)のお屋敷にたどりつきました。
 男の帰りを待っていた若者たちは、その足音を聞きつけて、すぐに出てきました。
 そして口々に、
「おい、どうだった?」
「鬼は、いたかい?」
と、聞きましたが、男は何を問われても、ぐったりして返事一つ出来ません。
 そこで若者たちは男をかかえて家の中に連れて行き、いろいろと介抱(かいほう)してやりました。
 国守も心配して、出てきました。
 そして男はようやく正気に戻り、さっきの恐ろしい出来事を、みんなに話しました。
「それは災難だったな。これからはこれにこりて、つまらない強がりをいうんじゃないぞ」
 国守はそういって、男をたしなめました。
 しかしかわいそうに思ったのか、乗っていった馬をほうびだといって男にやりました。
 それで男は、やっと元気を取り戻すと、家に帰って、お嫁さんや子どもたちに今日の話を聞かせました。
 さてそれから、この男の家に色々と不思議な事が起こったので、男は占い師に頼んで、原因を占ってもらいました。
 すると、
「あなたは、何かのたたりをうけています。すぐに体を清めて、ものいみをするように」
と、いいました。
 ものいみというのは、門を閉めて家の中に引きこもり、どんな人がきても、決して家の中に入れてはならないということです。
 男は体を清めると、じっと家の中に引きこもっていました。
 ところがその日の夕方、ドンドンドンと、門をたたく者がありました。
 家の者がのぞいてみると、そこにいたのは男の弟です。
 弟は、みちのく(→東北地方の北部)の国守の家来になって、奥州(おうしゅう)に住んでいます。
 その弟が久しぶりに京都へ帰る事になったので、その途中、兄のところを訪ねてきたというのでした。
(よりによって、悪い日に来たものだ。しかし弟に会って、母上の様子を聞きたい。・・・しかし今日は、ものいみの日だ。会うのはよそう)
 男はそう思って、家の者を呼ぶと、
「今日は会えない。明日になったら会うから、今夜は他の人の家を借りて泊まるようにと、伝えてくれ」
と、門の中から言わせました。
 すると、弟は、
「何をなさけない事をおっしゃいます。もう、日もくれてしまいました。わたし一人なら、他の家を借りる事も出来ますが、しかし今日は、家来も連れているし、馬もいます。他の人の家に泊まるわけにはいきません。それに、母上がなくなられたのですよ。その事もぜひ、わたしの口から申し上げたいと思って、急いでまいりましたのに」
と、さも残念そうに、いいました。
 これをきくと、男の目に涙がこみあげてきました。
(ああ、家で不思議な事がおこったのは、母上がなくなられたという知らせであったのか)
 男は、ものいみの事も忘れて、家の者にいいつけました。
「門をすぐに開けよ。はやく弟をここに通せ」
 そしてなつかしそうに、弟を家に迎え入れました。
 こうして兄弟は、久しぶりに会ったのです。
 弟は泣きながら、なくなった母の事を色々と話しました。
 男のお嫁さんはすだれの中で、二人が話し合っているのを聞いていたのですが、そのうちに、今まで仲のよかった二人が、とっくみあいを始めたのでびっくりです。
「まあ、いったい、どうなすったのですか!」
と、思わず声をかけて、二人のところに走り寄りました。
 すると男は、弟を下にくみふせながら、
「刀を取ってこい! まくらもとにある刀を。はやく、はやく!」
と、顔をまっ赤にして、わめくのです。
「あなた、気でも狂ったのですか。せっかくいらした弟さんに」
「なにを、ぐずぐずしているのだ! おれに、死ねというのか!」
 男が叫ぶと、今まで下にいた弟が飛び起きて、今度は男を組み伏せてしまいました。
「きゃあー!」
 お嫁さんは弟の顔を見て、思わず悲鳴を上げました。
 その弟の顔というのが、いつか橋の上で追いかけられたと話をしてくれた、あの鬼の顔だったのです。
 そう気がついたときには、弟に化けていた鬼は、もうどこかへ行ってしまいました。
 お嫁さんの悲鳴を聞きつけて、家中の者が集まりましたが、すでに男は鬼にのどを食いちぎられています。
「それでは、あの弟が連れてきた家来や馬は、どうなったのだ?」
 みんなが外を調べてみると、動物の骨がいくつも庭に転がっていました。
 人や馬に見えたのは、この骸骨だったのです。
 この話は、すぐに国守の屋敷にいる若者たちに知らされました。
 これを聞いた人たちは、
「つまらない冗談から、ついに命まで落としてしまったか」
と、男の死を残念がり、男のためにお祈りをしました。
 それかちのちは鬼も出なくなり、みんなは安心して、安義橋をわたれるようになったということです。

おしまい

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