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第 280話

大晦日の火

大晦日の火
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 むかし、大晦日から元旦までは、火を決して絶やしてはいけないという習慣がありました。
 そこで大晦日の晩には木に火をつけて、それをいろりの灰の中に入れて火種を守り、お正月になるとその火種で雑煮を煮たりしたのです。

 ある大晦日の事、家の主人が下女に言いつけました。
「今日は大晦日だから、決して火を絶やしてはいかんぞ」
「はい、わかりました」
 下女は火のついた木をいろりの灰に入れると、火種が消えないようにしました。

 ところが翌朝、下女が早起きをして、いろりに入れた木の火種で雑煮を煮ようと灰をかきのけてみたところ、どういうわけか火が消えていたのです。
「たっ、大変!」
 この事が主人に知られれば、下女はひどく叱られるでしょう。
 かといって火を付けようにも、火打ち石で『カチカチ』と火をおこすと、その音で主人にばれてしまいます。
(困ったわ。こうなれば、どこかで火をもらわないと)
 そこで下女が火を探しに外へ出てみると、ちょうど大きな桶を背負った人がたいまつをともしていたのです。
 下女はその人に駆け寄ると、頭を下げてお願いしました。
「まことにすみませんが 火をわけてもらえないでしょうか」
 すると桶を背負った人は、にっこり笑って言いました。
「いいですよ。
 火ぐらい、いくらでもわけてあげよう。
 だが、わしは急な用事があって、すぐに出かけなければならない。
 悪いが、この桶を預かってはもらえないかな。
 もし正月が過ぎても桶を取りに来なかったら、この桶と中身をあんたにあげるから」
 下女は、とにかく火が欲しかったので、その桶が何かも確かめずに言いました。
「はい、よろしゅうございます。それでは桶を、納屋へ入れてくださいな」
 こうして下女は桶を納屋に入れさせると、もらったたいまつの火で雑煮を煮て、何とか火を絶やしてしまった事を主人に知られずにすんだのです。

 ところがその後、下女は預かった桶をよく見てびっくり。
 なんとその桶は、死んだ人を入れる棺桶だったのです。
「あわわわわ。お正月早々から、何て物を預かったのかしら!」
 主人に相談しようにも、火を絶やした事がばれてしまうので相談も出来ません。
「桶をかついでいた人が、人を殺して入れたのかしら?
 でも、そんな悪い人には見えなかったし。
 ・・・とにかく、早く取りに来てくれないと」

 しかし桶を預けた人は次の日も次も日も現れず、とうとうお正月が終わってしまいました。
「お正月が過ぎても取りに来なかったら、これをわたしにあげると言っていたけど、こんな物をもらっても。
 ・・・ああでも、もしかすると入っているのは、死人ではないのかもしれないわ」
 そこで下女は、恐る恐る棺桶のふたを開けてみました。
 すると中にはまばゆく光る小判が、びっしりと詰まっていたのです。
「ああ、あの人は、福の神だったんだわ」
 こうして下女はそのお金で大金持ちになり、下女をやめて幸せに暮らしたという事です。

おしまい

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