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第 333話

テングの腕比べ

テングの腕比べ

日本語 ・日本語&中国語

客家語 ・日本語&客家語

客家語 : ケ文政(ten33 vun55 zhin11)

 むかしむかし、中国にチラエイジュというテングがいました。
 このテングがはるばる海の上を飛んで来て、日本にやって来ました。
 そして、日本のテングに言いました。
「わが中国の国には偉い坊さんがたくさんいるが、われわれの自由にならぬ者は一人もいない。
 日本にも修行をつんだ偉い坊さんがいると聞いたので、わざわざやって来たのだ。
  一つその坊さんたちにあって腕比べをしたいと思うが、どうであろう」
  中国のテングは、偉そうな態度で言いました。
  日本のテングはその態度に腹を立てましたが、しかしそんなそぶりは見せず、丁寧な口調で言いました。
「それは、それは。遠いところを、わざわざごくろうさまです」
  実は日本には、名僧、高僧と呼ばれる偉い坊さんがたくさんいて、テングたちよりも強いのです。
  そこでこの傲慢(ごうまん)な中国テングに、ギャフンと言わせてやろうと思ったのです。
「いや、この国の偉い坊さんといっても、あまり大した事はありません。
  我々でも、こらしめてやろうと思えばいつでも出来ます。
  しかし、せっかく遠い国から来られたのですから、適当な坊さんを、二、三人お教えしましょう。
 どうぞ、わたしと一緒においで下さい」
  そう言って日本のテングは、中国のテングを連れて比叡山(ひえいざん)にやって来ました。
  そこは、京都から比叡山の延暦寺(えんりゃくじ)にのぼる道です。
「わたしたちは人に顔を知られているから、あの谷のやぶの中に隠れておりましょう。
  あなたは年寄りの法師に化けて、ここを通る人をこらしめて下され」
  そう言うと日本のテングは、さっさとやぶに隠れてしまいました。
 そして、中国のテングの様子をうかがっていました。
  中国のテングは、見事な老法師(ろうほうし)に化けました。
  しばらくすると山の上から、余慶律師(よぎようりつし)という坊さんが手ごしに乗り、たくさんの弟子たちを従えて京都の方に下りて来ました。
  余慶律師の一行は、次第に近づいて来ました。(さて、いよいよだぞ)
  しかし、ふと中国のテングの方を見ると、もう姿が見えません。
  余慶(よぎよう)の方は何事もない様に、静かに山を下って行きました。
(おかしいな、どこへ行ったんだ?)
  そう思いながら中国のテングの探すと、何と南の谷にお尻だけ上に突出して、ブルブルと震えているではありませんか。
  日本のテングは、そこへ近寄ると、
「どうしてこんな所に、隠れておられるのか?」と、尋ねました。
  すると中国のテングは、わなわなと震える声で、
「さっき通ったお方は、どなたじゃ?」と、尋ねました。
「余慶律師という、お方でござる。それより、なぜこらめしては下さらんのじゃ?」
  日本のテングが言うと、中国のテングは頭をかきながら、
「いやそれ、その事でござる。
  一目見て、これがこらしめるという相手だとすぐにわかった。
  そこで立ち向かおうとしたのだが、何と相手の姿は見えず、手ごしの上は一面の火の海。
  これはとうていかなわぬと思って、隠れたというわけでござる」
  それを聞いた日本のテングは、心の中でニヤリと笑いました。
(やはり中国のテングと言っても、大した事はない。もう少しからかってやれ)
  しかし、真面目くさった顔をして言いました。
「はるばると中国の国からやって来られて、これしきの者さえ、こらしめる事が出来ないとは。今度こそは、必ずこらしめてくだされ」
「いや、いかにも、もっともでござる。よし、見ておられい。今度こそは必ずこらしめてごらんにいれよう。ふん! ふん!!」
  中国のテングは気合を入れると、また老法師に化けました。
  しばらくすると、また手ごしに乗った坊さんが山を下りて来ました。
  それは、深禅権僧正(しんぜんごんそうじょう)という坊さんで、手ごしの少し前には、先払いの若い男が太い杖をついて歩いています。
  日本のテングは、やぶの中からじっと見ていました。
  中国のテングは手ごしの近づいてくると、通せんぼうする様に立っていましたが、先払いの若い男が怖い顔をして太い杖を振り上げると、思わず頭をかかえてそのまま一目散に谷に駆け下りました。
「いかがなされた。また、逃げて来られたではないか」
  日本のテングは、やぶの中から声をかけました。
  すると中国のテングは、苦しそうに息をはずませながら、
「無理な事を言われるな。手ごしの方どころか、あの先払いにさえ近寄る事が出来ぬわ」
「そんなに、恐ろしい相手でござるか」
「いかにも。わしの羽の早さは、はるか中国から日本まで飛ぶ事が出来るが、とてもあの男の足の早さにはかなわぬ。
  もし捕まったら、あの太い鉄の杖で頭をぶちわられてしまうわ」
「さようか。では、次こそ頑張って下され。せっかく日本まで来られたのに、手柄話一つなしに帰られたとあっては、めんぼくない事ではござらぬか」
  日本のテングはそう言うと、さっさとやぶの中に入ってしまいました。
  中国のテングは仕方なく、次に来る坊さんを待つ事にしました。
  しばらく待っていると、下の方からたくさんの人が山を上って来るのが見えました。
  先頭には、赤いけさを着た坊さんがいて、その次には若い坊さんが、立派な箱をささげて続きます。
  その後ろから、こしに乗った人が山を上って来たのでした。
  そして、こしの左右には二十人ぐらいの童子たちが、こしを守る様にしてついています。
  このこしに乗っている人こそ、比叡山延暦寺の慈恵大僧正(じえだいそうじょう)で、一番偉い坊さんだったのです。
  日本のテングは、やぶの中からそっとあたりを見回しました。
  しかし中国のテングの老法師の姿は、どこにも見えません。
「また逃げたかな。それとも、どこかに隠れて、すきを狙っているのかな」
  すると童子たちの中の一人が、大声で話しているのが聞こえてきました。
「こういう所には、とかく仏法(ぶっぽう)の妨げをする者がひそんでいるものだ。よく探してみようではないか」
  すると元気のいい童子たちは、手に手に棒きれを持って、道の両側に散らばって行きました。
  見つけられては大変と、日本のテングはやぶの中深く潜って行き、そっと息をひそめていました。
と、谷のすぐ向う側で、童子たちの怒鳴っている声が聞こえてきました。
「そら、ここに怪しい者がいるぞ。ひっとらえろ!」
「何だ、誰がいたのだ?」
「おいぼれの法師が隠れていたぞ。あの目を見ろ、普通の人間には見えぬぞ」
(大変だ。中国のテングが、とうとう捕まったぞ)
  日本のテングも恐ろしさに、ただ頭を地にすりつけるようにして、じっとひれ伏していました。
  やがて足音が、遠ざかって行きました。
  日本のテングは、そっとやぶからはい出すと、あたりを見回しました。
  すると十人ばかりの童子たちが、老法師姿の中国テングを取り巻いているのが見えました。
「どこの法師だ、名前を言え。なんの用があって、こんな所に隠れていた!」
  一人の童子が、大声で言いました。
  中国のテングは大きな体を小さくして、あえぎあえぎ答えました。
「わたくしは、中国から渡って来た、テングでございます」
「なに、中国のテングか。何をしに来たんだ」
「はい、偉いお坊さんが、ここをお通りになると聞いて待っていました。
  一番始めにこられたお坊さんは、火界(かかい)の呪文を唱えておられたので、こしの上は一面の火の海でございました。
  うっかり近寄ろうものなら、こちらが焼け死んでしまいますので、一目散に逃げました。
  次に来られたお坊さんは、不動明王(ふどうみょうおう)の呪文を唱えておられたうえに、セイタカ童子が鉄の杖を持って守っておられました。
  それでまた、大急ぎで逃げました。
 今度のお坊さまは、恐ろしい呪文はお唱えにならず、ただ、お経を心の中でよんでおられただけでした。
  それで恐ろしいとも思わなかったのですが、こうして、捕まえられてしまいました」
  中国のテングが、やっとこう答えると、童子たちは、
「大して、重い罪人でもなさそうだ。許して逃がしてやろう」と、言って、
 みんなでひと足ずつ老法師の腰を踏みつけると、向こうへ行ってしまいました。
  慈恵大僧正(じえだいそうじょう)の一行が山を上って行ってしまうと、日本のテングはそっとやぶの中からはい出して来ました。
  そして腰の辺りをさすっている、中国のテングのそばに行きました。
「いかがなされた。今度は、うまく行きましたかな?」
  日本のテングは、しらぬ顔で聞きました。
  すると中国のテングは、目に涙を浮かべながら答えました。
「そんな、ひどい事を行って下さるな。
 さながら、生き仏の様な徳の高い名僧たち相手に、勝てるはずもないではないか」
「ごもっともでござる。
 しかし、あなたは中国という大国のテングではござらぬか。
  それゆえ、日本の様な小国の人など、たとえ高僧、名僧とはいっても、心のままにこらしめる事が出来ると思うたまでの事でござる。
  ・・・が、この様に腰まで折られるとは、まことにお気の毒な事でござるわ」
  日本のテングもさすがに気の毒だと思い、中国のテングを北山にある温泉に連れて行きました。
  そして折られた腰を温泉に入れて治してやってから、中国の国へ送り返してやったという事です。

おしまい

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