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2月21日の日本の昔話
  
  
  
  死に神のつかい
 むかし、たとえ殿さまでも、けらいにいつ首をとられるかわからない、戦国(せんごく)の世のことです。
   ある夕方、かみのまっ白な、見たこともないじいさんがお城へやってきました。
   門番がおいかえそうとしましたが、じいさんは、スルリと門をくぐりぬけて、なかへ入ったのです。
  「くせものじゃ、とりおさえろ!」
   さむらいたちがさわぎだしたとき、じいさんはもう、影武者(かげむしゃ→敵をあざむくため、主将などと同じかっこうをさせた武者)のへやのしょうじをあけていました。
  「そのほう、なにものか?」
  「おまえさまを、おむかえにまいってございます」
  「むかえにとは、わしをいったいどこへ?」
  「めいどの旅へでございます。あすのいまじぶん、またまいりますゆえ、おしたくをなさっておかれませ」
  「なんと、おぬしは死神のつかいか。わしはまだ死なぬ。死んでたまるか!」
   影武者はひどくうろたえ、そばにヤリがなかったので、刀のつかに手をかけました。
   でも、じいさんはおちついたひくい声で、
  「どうしても死にとうないとおおもいなら、おまえさまとよく似たお方を、このへやにおかれませ。そのお方をつれてまいっても、よろしいのでございますよ」
  と、いうと、フッときえてしまいました。
   影武者は少しかんがえて、ニンマリとわらいました。
  「これこそ、もっけのさいわいというもの。わしが、いままでみたいな影武者ではなく、ほんとの殿さまになれるときがきた。うつくしいおくがたが、わしの妻になるし、この領地も、そっくりわしがおさめるのだ。フフフフッ、こいつはいい」
   あくる日、あのふしぎなじいさんからいわれたとおりにするのは、ごくたやすいことでした。
   殿さまに、
  「きょうはあぶのうございます。わたくしめがかわって・・・」
  と、いって、立場を入れかえればいいのですから。
   夕方近く、きのうとおなじに、お城の中庭で、
  「くせものじゃ!」
  と、いう声がしました。
   影武者と入れかわって、せまいへやにいた殿さまは、じいさんを見るなり、大声でさけぼうとしました。
  「ぶれいもの! だれかある」
   しかし、いいかけたまま、バタッとたたみの上にたおれてしまいました。
   わけを知っていたのは、影武者ひとりだけです。
   戦国の世が終わりかけたといっても、武将たちは少しもゆだんなどできません。
   殿さまが急死したと知れたら、なにがおこるかわかりません。
   それで、殿さまのなきがらは、こっそりとお城からはこびだされ、影武者のおもうとおりにうまくいったのです。
   つぎの日、おもだったけらいたちが、広間へ集められました。
   殿さまになった影武者は上きげんで、かずかずのいくさのてがらにたいし、ほうびをとらせるともうしわたしました。
   ところが、ふと気がつくと、けらいたちのなかに、あのじいさんがチョコンとすわっていたのです。
  「そのほう、用はすんだはずじゃ。なにゆえに、またまいった?」
   殿さまになった影武者は、血がこおるおもいで、うしろに立てかけてあるヤリをつかみました。
   けらいたちも息をのみ、いっせいに、かみのまっ白なじいさんを見つめました。
  「おそれながら、おむかえに。殿さまのご寿命(じゅみょう)も、影武者と一日ちがいでございました。まあ、一日でも願いがかなって、よろしゅうございましたな」
  「おのれ、死神め!」
   殿さまになった影武者は、じいさんをひとつきにしようと走りだしました。
   そのとたん、どうしたはずみか、手にしたヤリで、じぶんののどをついて死んでしまったのです。
おしまい