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3月7日の小話

字のよめぬ犬
   犬の大きらいな男がおりました。
   ある日、友だちに、
  「何とか、犬がいても、へいきでとおれるようにならぬものか」
  と、ききますと、友だちが、
  「なあに、そいつはかんたんなことさ。てのひらに、トラという字を書いておいて、犬がいたら、そいつをみせるんだ。すると犬は、おっかながって逃げるから」
  「ふむふむ。そりゃあ、いいことをきいた」
   男は、さっそくてのひらに、トラという字をかいて、出かけました。
   しばらくいくと、向こうから大きな犬がやってきます。
  (よし、ためしてやろう)
   男は、いきなり犬の前に手をひろげてみせると、犬は、がばっとその手に食いついてきました。
  「やい、手にトラという字を書いておいたのに、ほれ、このように食いつかれてしまったわ」
  と、男は友だちに文句をいいにいくと、
「やれやれ、おそらく、その犬は、字のよめぬ犬だろう」
おしまい