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5月6日の小話
いしゃちがい
   むかし、医者が、ひとりで旅をしておりました。
   いなか道を、歩いておりますと、
  「もし、もし、医者どの」
  と、よびとめられて、医者は、あたりをながめまわしました。
  が、だれもおりません。
  「はて、ふしぎな」
  と、きょろきょろしておると、
  「医者どの。わしじゃ、わしじゃ」
  と、いう声。
   なんと、すぐそばに立っていた、石の地蔵(じぞう →詳細)さんが、よびとめたのでした。
  「はい、地蔵さま。なんぞ、ご用で?」
  「うむ、まことにすまんが、このとおり、わしの鼻がかけておるだろう。どうぞ、直してくださらぬか」
   そう言われて、医者は、地蔵さまの鼻を見ておりましたが、
  「なるほど、これはまた、ひどいかけようでございますな。すみませんが、とても、わたくしの手にはおえませぬ」
  「お主は医者だろう。そういわず、たのむ。直してくだされ」
  「いやいや、たしかに医者ですが、せんもんがちがいます。この鼻は、わたくしのような小さい『ゃ』よりも、大きい『や』のお人になおしてもらったほうが、よろしいかと」
  「・・・? その、大きい『や』とは?」
「あなたさまは石ですので、『いしゃ』よりも、『いしや(石屋)』でございます」
おしまい