
  福娘童話集 > きょうの江戸小話 > 6月の江戸小話 > いうにいわれず
6月8日の小話
いうにいわれず
   むかし、むかし、ある山里(やまざと)に、亭主(ていしょ)と女房とむすめの三人が、仲ようくらしておった。
   ある晩のこと。
   近所から、重箱(じゅうばこ→食物を盛る箱形の容器で、2重・3重・5重に積み重ねられるようにしたもの)いっぱいのぼたもちをもろうた。
   三人で同じ数だけわけて食ベたが、さて、こまったことに、一つだけのこってしもうた。
   女房が、首をかしげて、
  「こうして、一つだけのこりましたが、どのようにわけましょう」
  と、いえば、むすめが、
  「三人で歌をよんで、一番上手によんだ者が、食ベることにしましょう」
  と、いうた。
   亭主も、
  「それは、よい思いつきじゃ。では、こうしよう。わしが、
  ♪おもうようには、いうにいわれず。
  と、下の句を出す。これに、一番上手に上の句をつけた者が、食べることにしよう」
   いわれて、むすめも女房もしょうちしました。
   そこで、さっそく三人は、上の句を考えた。
   一番先にむすめが、
  「できました」
  「では、いうてみなされ」
  「はい。
  ♪朝おきて、まくらにまとう、みだれ髪
  ♪おもうようには、結うに結われず」
  「なるほど、うまいことよんだものだ。それでは、わしがいくぞ」
  と、亭主もまけずに、
  ♪行きちがう、舟に故郷(こきょう)のこと問えば
  ♪おもうようには、いうにいわれず
  と、よんだ。
   さあ、むすめと夫に先をこされた女房ですが、あせればあせるほど、出てきません。
   考えても考えても、うまい上の句が思いつかないのです。
   はずかしくなって、顔が赤くなったが、いきなり、のこったぼたもちをつかむと、口の中ヘおしこんでしもうた。
   そして、びっくりしておるふたりを見て、女房は、
  ♪このように、口いっぱいにほおばれば
  ♪おもうようには、いうにいわれず
と、もぐもぐやりながら、すっかり食ベてしまいました。
おしまい