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10月14日の世界の昔話
  
  
  
  世界一美しい物
  オランダの昔話 → オランダの国情報
 むかしむかし、オランダの海ぞいに、それはそれはにぎやかな町がありました。
   毎日たくさんの荷物をつんだ船が、出たり入ったりしています。
   お金持ちも、おおぜい住んでいました。
   その中でも一番のお金持ちは、ある、わかいおくさんでした。
   このおくさんは、ご主人がなくなってからは、一人でくらしていました。
   美しい人でしたが、ただこまったことに、たいへんうぬぼれがつよかったのです。
   おくさんは、たくさんの船を持っていました。
   住んでいる家も、町で一番大きくてりっぱな家でした。
   家のかべには、すばらしい絵がかかっています。
   家中にしいているじゅうたんも、とても上等なものでした。
   食事のときには、金と銀のお皿で食べるのです。
   ある日、おくさんは年とった船長をよんで、
  「あなたは、これから世界じゅうをまわってきてください。わたしの船をみんなつれてね。そして、あなたが世界一美しいと思ったもの、世界一とうとい思ったものを持ってきてください。でも、一年したらかならず帰ってきてくださいよ」
  と、いいました。
   船長はすぐに、世界一周の旅にでました。
   町の人びとは、それからというもの、
  「あの船長は、どんな宝ものを持ってくるだろう?」
  と、そればかりはなしあっていました。
   一年がたちました。
   ある日、見はりのものが、
  「船が帰ってくるぞー!」
  と、さけびました。
   町じゅうの人びとが、船つき場に集まりました。
   わかいおくさんも、むかえにでてきました。
   人びとは、おくさんのために、うやうやしく場所をあけました。
   美しいおくさんの目は、ギラギラとひかっていました。
   船長が、どんな宝物を持ってきたか、はやく見たくてたまらなかったのです。
   しらが頭の船長は、ボウシを手にして、おくさんの前にすすみでました。
  「おくさま、ただいまもどりました」
  「あいさつはいいわ。それで、なにを見つけてきてくれましたか?」
  「はい。ながいながいあいだ、わたくしは世界中を旅して、いろいろな宝物を見ました。しかし、どれもこれも世界一美しいもの、世界一とうといものとは思われませんでした。わたくしは、もうすこしであきらめてしまうところでした」
  と、船長は、さらにはなしつづけました。
  「ところが、バルト海のある港にはいっていったときのことでございます。穀物(こくもつ)畑が見わたすかぎり、ひろびろとひろがっておりました。ムギの穂(ほ)は、風をうけて波のようにゆれていました。太陽はあたりいちめんに、こがね色の光を投げていました。これを見たとたん、わたくしは穀物(こくもつ)こそ、わたくしたちのまいにちのパンをつくる穀物こそ、世界一美しいもの、世界一とうといものだと思いました。そこで、船いっぱいに小麦をつんでまいりました」
  「なんだって!」
   おくさんは、まっ赤になっておこりました。
  「穀物を持ってきたって。バカ! トンマ! マヌケ! そんなことのために、一年も世界を歩きまわったのかい」
   船長は、しずかにこたえました。
  「はい。わたくしは一年かかって、ようやく世界で一番たいせつなものは、穀物であることに気がつきました。神さまが、こがね色に波うたせている、あの穀物でございます。あれがなくては、わたくしたちがまいにち食べるパンもつくれません」
  「ええい。そんなものは、海にすてておしまい!」
  と、おくさんはどなりました。
  「それから船長、おまえもいっておしまい。おまえは首にします。おまえの顔なんか、もう二度と見たくない!」
   船長はだまって、どこかへいってしまいました。
   船乗りたちは、穀物を海にすてはじめました。
   そのときとつぜん、やせたしらが頭のおじいさんが、おくさんの前にすすみでました。
   おじいさんは片手をあげて、ひくいけれども、あたりの人にもハッキリと聞こえる声でいいました。
  「気をつけなさい。神さまからの一番とうといおくりものをすてたりすれば、かならずバチがあたる。よく考えてみなさい。世の中には食べ物がなくて、腹をすかしている貧乏人も、おおぜいいるのだ。おまえさんだって、いつ貧乏になるかもしれない。気をつけなさい」
   美しいおくさんはカラカラと笑って、自分の指から、世にもすばらしい宝石のついた指輪をぬきとりました。
   そしていきなり、それを海の中に投げこんでしまいました。
  「ふん! 海はこの指輪を、わたしにかえしてはくれないでしょう。でもわたしは、貧乏にはなりませんよ。さあ、さっさと荷物をすてておしまい」
   こうさけぶと、おくさんは頭を高くあげ、胸をそらせて帰っていきました。
   しばらくして美しいおくさんは、大きなパーティーを開きました。
   お金持ちの人たちは、のこらず集まってきました。
   宝石はピカピカとかがやき、絹の衣装はキラキラと光りました。
   みんなは、飲んだり食べたり、大さわぎをはじめました。
   そのとき、一人のめしつかいが、大きなお皿をはこんできました。
   お皿には、大きな大きなさかなの丸あげが乗せてありました。
   おくさんはさっそく、さかなを切りはじめました。
   ところが、ひときれ切ったとたん、ビックリして、
  「あっ!」
  と、さけんだのです。
   みんな、お皿のまわりに集まってきて、さかなを見つめました。
   だれもかれも、あっけにとられて口もきけません。
   さかなのおなかの中には、指輪がキラキラ光っていたのです。
   しばらく前に、おくさんが海の中に投げこんだ、あの指輪だったのです。
   海が指輪を、おくさんにかえしたのです。
   あくる朝、おくさんの船があらしにあって、みんなしずんだという知らせがとどきました。
   でも、これはほんのはじまりで、不幸せなことはつぎからつぎへとつづいて、おくさんはどんどん貧乏になりました。
   こうして、一年がたったときには、わかくて美しくてうぬぼれやのおくさんも、とうとうこじきになってしまったのです。
   おくさんのいた町もさびしくなって、いつのまにかなくなってしまいました。
   穀物の投げこまれた船つき場のあたりは、いまは砂でうまっています。
   もうここには、一そうの船もやってきません。
   一年もたつと、そこにムギ畑ができました。
   けれども、この畑のムギの穂は、中がからっぽでした。
おしまい