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福娘童話集 > きょうの新作昔話 > 左甚五郎(ひだりじんごろう)の竜

2009年 6月19日の新作昔話

左甚五郎(ひだりじんごろう)の竜

左甚五郎(ひだりじんごろう)の竜
京都府の民話京都府の情報

♪音声配信
スタヂオせんむ

 むかしむかし、宮津(みやず)地方では、田植えが終ったにもかかわらず、一滴の雨も降らなかった事がありました。
 困った村人たちは、
「せっかくの稲が、これでは台無しだ。雨が降らないのは水の神さま、きっと竜神さまのたたりにちがいない」
と、成相寺(なりあいじ)の和尚さんに、雨ごいのお祈りを頼んだのです。
 すると和尚さんは一晩中お経を唱えて、仏さまからいただいたお告げを村人たちに教えました。
「何でも、この天橋立(あまのはしだて)に日本一の彫り物名人が来ておるそうじゃ。生き物を彫れば、それに魂が宿るといわれるほどの名人らしい。その名人に竜の彫り物を彫ってもらえば、それに本物の竜の魂が宿り、きっと雨を呼ぶであろう」
 そこで村人たちが手分けをして探してみると、和尚さんの言う通り、左甚五郎(ひだりじんごろう)という彫り物名人が天橋立の宿に泊まっていたのです。
 村人たちの熱心な願いに、左甚五郎は深くうなずきました。
「仏さまのお告げにわたしの名前が出てくるとは光栄です。わかりました。やってみましょう」
 しかし引き受けたのは良いのですが、左甚五郎には竜がどんな姿なのかわかりません。
 他人が描いたり彫ったりした竜の絵や彫り物は、今までに何度も見た事があるのですが、それはその人が考えた竜の姿で、本物の竜ではありません。
「他人が作った物の真似事では、それに魂が宿ることはない」
 そこで甚五郎は成相寺の本堂にこもり、仏さまに熱心にお祈りをしました。
「仏さまのお導きにより、竜の彫り物を彫る事になりましたが、わたしは竜を見た事がありません。名人と言われていますが、いくらわたしでも見た事もない物を彫る事は出来ません。お願いです。どうぞ、竜の姿を拝ませて下さい」
 そして数日後、甚五郎の夢枕に仏さまが現われて、こう言ったのです。
「甚五郎よ。そなたの願いをかなえてやろう。この寺の北の方角に深い渕(ふち)がある。その渕で祈れば、きっと竜が現れるはずじゃ」
「はっ、ありがとうございました!」
 さっそく甚五郎は案内人の男と二人で、世屋川(せやがわ)にそって北の方へ進んで行きました。
 しかし奥へ進むにつれて人の歩ける道はなくなり、とうとう案内人は怖がって帰ってしまい、甚五郎は一人ぼっちで奥へと進んだのです。
 ただひたすらに竜を見たいという甚五郎の心には、恐さも疲れも感じませんでした。
 そしてついに甚五郎は、竜が現れるという、大きな渕にたどり着く事が出来たのです。
 甚五郎は岩の上に正座をすると、そのまま三日三晩、一心に祈り続けました。
(この渕に住む竜よ。一目でよい、一目でよいから、その姿を見せてくれ)
 すると、どうでしょう。
 急にあたりが暗くなったかと思うと、大粒の雨がバラバラと降りはじめ、渕の奥から大きな竜が姿を現わしたではありませんか。
 竜は口からまっ赤な火を吐きながら、今にも甚五郎に襲いかかろうとしました。
 しかし甚五郎は逃げません。
 その竜の姿をまぶたに焼き付けようと、まばたきもせずにその竜を見つめました。
 そして竜はまっすぐ甚五郎に向かってきて、身動きひとつしない甚五郎にぶつかる直前に、すーっと消えました。
 そのとたんに、甚五郎の全身にあふれんばかりの力がみなぎりました。
 まるで竜の霊力が、甚五郎の体に宿ったかのようです。
「おおっ! 竜を見た! わたしは竜を見たぞー!」
 甚五郎は雄叫びを上げると、急いで成相寺に戻り、それから何日も休む事なく、一心に竜を彫り続けました。
 そしてやっと彫りあがった竜が成相寺にかかげられ、雨乞いの祈りが行われたのです。
 すると不思議な事に、今まで晴れていた空が急に曇ると、ザーザーと大雨が降りはじめたのです。
「雨だ。雨が降ってきたぞー!」
「竜のおかげだ! 甚五郎さまのおかげだー!」
 村人たちは大喜びです。
 そして今にも枯れそうだった稲も、みるみるうちに元気になりました。
 この事があってから、甚五郎が竜に出会った渕は『竜ヶ渕(りゅうがふち)』と呼ばれるようになり、甚五郎が彫った竜は、今も成相寺に大切に残されているそうです。

おしまい

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