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福娘童話集 > 日本のこわい話(百物語)
百物語 第84話
幽霊の黒髪
新潟県の民話 → 新潟県情報
むかしむかし、越後の国(えちごのくに→新潟県)の関山(せきやま)という村には、魚野川(うおのがわ)という川があって、この川にはいつも、仮ごしらえの橋がかかっていました。
なぜ、仮ごしらえかというと、この川の流れが早いので、ちょっと大雨が降っただけでも、橋が流されてしまうからです。
それでいつも、仮ごしらえの橋がかかっていたのでした。
でも、仮ごしらえの橋では足元が悪く、冬の寒い日などは橋が凍ってしまうため、足を滑らせて川に落ちた人が、毎年何人も命を落としていたのでした。
さて、この関山村のはずれに、六十才を越える源教(げんきょう)という坊さんがいました。
源教は毎晩、念仏を唱えて鐘をチンチンと打ちならしては村をまわります。
そしてその帰り道、必ず魚野川の橋のたもとにたって、川でおばれた人たちの回向(えこう→死者の成仏を願うこと)をするのでした。
ある日の夜、源教は橋のたもとで、念仏を唱えていました。
すると不思議なことに、いままでこうこうと照っていた月が、にわかに曇ってきたのです。
(はて、何やらあやしい気配がするぞ)
そう思っていると、ゆらゆらと青い炎が水の中から燃えあがってきたのです。
(なんと! おぼれ死んだ者の魂であろうか?)
源教は、なおも念仏を唱えて、鐘をならし続けました。
しばらくすると、橋の上に一人の女が立っているのに気づきました。
青ざめた顔に長い黒髪、腰から下は、ボーッとかすんで見えません。
(これは、この橋で命を落とした人の幽霊に違いない)
女の幽霊は、スーと源教の前に近よると、細い声をふるわせて言いました。
「わたくしは、となり村のキクと申す者でございます。
夫にも子にも先だたれ、ただ一人、後に残されました。
女の身では暮らしも立たず、知り合いをたよっていく途中、この橋から落ちておぼれてしまったのです。
その日から今夜が四十九日目ですが、まだひとすくいの水も、たむけてはもらえず、世に捨てられた悲しさに、毎日、泣きくずれておりました。
そこへ、あなたさまのありがたいお念仏があり、
『ああ、これでやっと、この身も成仏できる』
と、思いましたが、何とわたしのこの黒髪が成仏の邪魔をして、まだこうして人の世をさまよっております」
幽霊はそう言うと、顔にそでを押し当てて、さめざめと泣き出しました。
「さようか。ではわたしが、その黒髪をそってしんぜよう。明日の夜、わたしのいおりへきなさるがよい」
その言葉を聞くと、女の幽霊は小さく頷き、そしてスーと消えました。
さて、次の日。
源教は友だちの紺屋七兵衛(こんやしちべえ)を呼びました。
そして、橋の上の幽霊の話しをして、
「のう、七兵衛どの。おキクは、今夜、必ず来るだろう。あのような幽霊は、決して約束をたがえぬからな。そしてこれを機会に、あの橋が危険であることを皆に知らせたいものじゃ。ところがのう、証拠がのうては幽霊などと言っても、だれも信じてはくれぬ。そこで、頼みがあるのじゃ。お主は村でも評判の正直者。どうか幽霊が約束通り、わたしのところへ来たという証人になってはくれまいか」
「はい、承知しました。わたしはどこかに隠れて、その幽霊を見届ける事にいたしましょう」
「うむ、頼むぞ」
源教は、新しいむしろを仏壇の前にしいて、おキクの座る場所を作りました。
そして夜がふけると七兵衛は、仏壇の下の戸だなに隠れました。
源教はカミソリを用意して、いろりばたで幽霊が来るのを待ちました。
「うむ、遅いなあ」
もう真夜中ですが、幽霊の現れる様子はありません。
源教は、いつの間にか、こくり、こくりと、いねむりをはじめましたが、突然、ぞくぞくっと寒気を感じて目を覚ましました。
(おおっ!)
目を開けると、いつの間にか幽霊おキクが来ていて、仏壇に向かって頭をたれ、むしろの上にきちんと正座をしています。
源教は、気持ちを落ち着かせると、
「おキクどの。よく、おいでくだされた」
と、言葉をかけましたが、
「・・・・・・」
幽霊は、だまって頷くだけです。
「では、はじめるぞ」
源教は立ちあがって手をゆすぐと、小さなたらいに水をくんできました。
そしてかみそりを持つと、おキクのそばへ近寄ります。
肩ごしにたれた女の長い黒髪は、びっしょりと、むしろをぬらしていました。
手にとると、しずくがたれます。
(このぬれた髪が、成仏するのを邪魔しておるじゃな。だが、それも今夜で終わりじゃ)
源教は、ぬれた女の髪をそりながら、ふと、こんな事を思いました。
(この髪の毛を少しとっておけば、幽霊が来た証拠になるのでは)
しかし源教が髪の毛をそると、不思議な事にそり落とすあとからあとから、髪の毛は女のふところの中へ入っていくのです。
まるで見えない糸でもついていて、引っ張っているようです。
(これでは、証拠が残らぬ)
源教は指に髪の毛をしっかりからめてから、そりはじめました。
それでもそり落とした髪の毛は、指の間をすり抜けると、女のふところへと入っていきます。
ただの一本も、源教の手には残りません。
やがて、頭をそり終わりました。
おキクは、くるりと源教の方を向いて、やせ細った白い手を合わせると、静かにおがみました。
「・・・ありがとうございました。これで成仏できます」
おキクは小さくつぶやくと、おがんだ姿のままスーと消えてしまいました。
おキクが消えた後、七兵衛が戸だなから出てきました。
そして源教の前へ、にぎった左手をさしだしました。
「源教さま、これを」
見てみると七兵衛の手の中には、幽霊のぬれた髪の毛が、ほんの少しだけ残っていたそうです。
おしまい
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