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百物語 第131話

クジラと海のいかり

クジラと海のいかり

 むかしむかし、クジラとりの村で、長いこと不漁がつづき、村のみんなは困っていました。
 そのころは、お百姓(ひゃくしょう→詳細)が米をねんぐとして代官所(だいかんしょ→江戸時代、地方をおさめた役所)などへおさめたように、そこの漁師たちも、クジラの肉を殿さまへおさめていたのです。
 クジラがやってこなくては、ねんぐをおさめたくてもおさめられません。
 ほんとうにこまっていると、ある夜、親方がふしぎなゆめを見ました。
 紋付き(もんつき)の着物をきたクジラの親がきて、
「わたしらは、あす、熊野まいり(くまのまいり→和歌山県熊野三社へのおまいり)に、子クジラをつれて、この沖を通ります。どうか、こんどばかりはお見のがしください」
と、熱心にたのむのです。
 親方は、熊野まいりだというので、
「よろしい。あすは船をださん」
と、かたくやくそくしました。
 つぎの朝早く、山の見はりに、あいずののろしがあがりました。
「クジラがきたぞ!」
と、漁師たちは小おどりして、浜へいそぎました。
 親方はおどろいて、「船を出すな!」と、とめましたが、みんなききません。
 ゆうべのふしぎなゆめの話をすると、漁師たちはわらって、つぎつぎに船をこぎだしました。
 しおをふきあげ、沖にすがたをあらわしたのは、子づれのセミクジラでした。
 このセミクジラが、いちばんお肉がおいしく、お金ももうかりました。
 親方とのやくそくを信じきっていたのか、船が近づいてきても、セミクジラの親子は、ゆうゆうと泳いでいきます。
 やがて、漁師たちの船は、親子クジラをとりまき、親クジラの頭にアミをかけました。
 ハザシとよばれる漁師が、船をこぎよせ、一番モリを親クジラにうちこみました。
 そのとたん、おこった親クジラは、おそろしいいきおいで、漁師たちの船におそいかかりました。
 ふかくもぐったかとおもうと、たちまち山のような巨体をあらわして、漁師の船を空へもちあげ、また、つよい大きな尾で、べつの船をこっぱみじんにたたきわりました。
 しかも、空がにわかにくもり、すみをながしたように、まっくらになったのです。
「シケがきたぞ。つなを切れ」
 漁師たちが気づいたときは、おそすぎました。
 突風がふきだし、海はあわだって、二、三十そうもの船は、かたっぱしから波にのまれていきました。
 ぶじに浜へもどることができた漁師は、ひとりもいなかったそうです。
 そして、このことがあってから、
「セミ(セミクジラ)の子づれは、ゆめにもみるな」
と、どこの浜でもいわれるようになったのでした。

おしまい

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