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百物語 第175話

キンモクセイの妖怪

キンモクセイの妖怪

→ キンモクセイの説明(10月6日の誕生花)

 むかしむかし、ある町に、ひとりのさむらいが住んでいました。
 ある日、さむらいの屋敷に知りあいの老人がたずねてきました。
 その夜は月も大きく、二人は障子(しょうじ)をあけて、月をながめながら酒をくみかわしました。
 ときどき、キンモクセイの花の甘い香りが、風にのって流れてきます。
「なんていい香りだ」
 そういって、老人が庭の方をながめたときです。
 大きなキンモクセイの木のそばに、白い着物を着た若い女が立っていたのです。
 青白い顔に長い髪をふり乱して、ジッとこちらを見ています。
(おかしいな。少し酔っぱらったかな)
 老人が、目をこすって立ちあがろうとしたとき。
 その女が、いきなり風のように飛んできて、老人の前にぬうっと顔を出しました。
「うひゃ!」
 老人は思わず身をのけぞりましたが、さむらいは、いっこうにおどろきもせず、
「客人の前で失礼な! さっさと消えないと、たたき切るぞ!」
と、いいました。
 そのとたん、女はスーッとはなれ、キンモクセイの木のかげに消えました。
「やれやれ」
 老人はホッと胸をなでおろすと、さむらいにたずねました。
「あれはなに者です?」
「さあ、なに者でしょう? 夜になると、いつもああやって出てきます」
「失礼だが、こわくありませんか?」
「べつになんともありません。気にしないで、どんどんやってください」
 さむらいは、老人のさかずきに新しい酒をつぎました。
 ところが、しばらくするとまた女が出てきて、今度は縁側の前を行ったり来たりするようになりました。
 歩くでもなく、すべるでもなく、フラフラと動きまわるのです。
 老人は、もう酒を飲むどころではなく、ブルブルとふるえながら女を見ていました。
 女はきゅうに立ちどまると、老人の前に顔をつき出し、ニヤリと笑いました。
 背筋がゾーッとして、老人は思わず息を飲み込みます。
「消えろというのに、まだわからんのか!」
 さむらいは、いきなり刀を抜くと、女に切りつけましたが、女はフワリと身をかわすと、ゆっくりと逃げていきます。
「待て!」
 さむらいははだしのまま庭へとびおり、女を追いかけました。
 女は、「早くおいで」といわんばかりに、ときどきうしろをふり返り、キンモクセイの木のかげに消えました。
 さむらいは、しばらく女の消えたあたりをさがしていましたが、ガッカリした顔でもどってきました。
「とうとう見失いました。まったく、しようのないやつで」
「いくらなんでも、殺すのはかわいそうですよ」
「とんでもない。あれは化けものですよ。戸があいていれば部屋の中にも来るし、布団の上にもあがってきます」
「なんと! さっきも聞いたか、おまえさんはこわくないのですか?」
「そりゃ、はじめはこわかったですよ。でも、べつに悪さをするわけでもないし、もう、なれっこになりました。刀で切りつけても手ごたえはないし、追えば風のように逃げだすし」
 それを聞いて、老人はここにいるのがこわくなり、酒のお礼をいってすぐに屋敷を出ました。
 月はあいかわらず、頭の上でかがやいています。
 ふと顔をあげると、塀(へい)の上までキンモクセイの木がのびていて、その花のにおいが流れてきます。
 その時、ポキッという、枝を折(お)るような音がしました。
 老人が、塀の破れめからこわごわ中をのぞいてみると、さっきの女が木にのぼって、さかんに枝を折っています。
 老人と目があったとたん、女はまたもニヤリと笑いました。
 老人はもう、あとも見ずにかけだしました。
 ふしぎなことに、女はその日から毎晩、キンモクセイの枝を折るようになりました。
 さむらいが気にもとめないでいたら、とうとう全部の枝を折ってしまい、木を枯れさせてしまいました。
 同時に、女はもう二度と姿を現すことがありませんでした。
 それからまもなく、さむらいが死んだという知らせがありました。
 老人がかけつけたとき、キンモクセイの木も花もないのに、あの甘ずっぱいにおいが屋敷じゅうにたちこめていたそうです。

おしまい

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