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百物語 第213話

安珍清姫

安珍清姫
和歌山県の民話和歌山県情報

 むかしむかし、安珍(あんちん)という名の若い旅のお坊さんが、紀州(きしゅう→和歌山県)の熊野大社(くまのたいしゃ)へおまいりするとちゅうで、とっぷりと日がくれて困っていました。
「今夜の宿を、どこかにさがさねば」
 安珍は庄屋(しょうや)の家にとめてもらうことにしましたが、この家には清姫(きよひめ)という一人娘がいて、つかれた安珍をやさしくもてなしました。
 そうこうするうちに、清姫と安珍は、つよく心がひかれるようになりました。
 しかし、修行中のお坊さんが、女の人に心をうばわれるのはゆるされないことです。
 でも安珍は、清姫に、
「熊野からの帰りには、かならずここによります。・・・あなたにあうために」
と、かたい約束をしてしまいました。
 さて次の日、安珍はぶじに熊野大社につきましたが、熊野の僧侶(そうりょ)たちに安珍の心のまよいを見抜かれて、早くまよいからさめるようにと、教えさとされました。
「たしかに、わたしは修行中の身、女に心をうばわれるなど」
 そこで安珍は清姫と会わないために、帰り道は、来るときとはちがう道をいくことにしました。
 ところが清姫は、そんな事とはつゆしらず、いまかいまかと安珍の帰りを待ちわびています。
「安珍さま。安珍さまは、どうなされたのじゃろう?」
 待ちきれなくなった清姫は、家を飛び出すと、見知らぬ旅人に声をかけました。
「あの、もし、熊野もうでの若い旅のお坊さまに、お会いになりはしませんでしたか?」
「ああ、その方なら、たぶん別の道をいかれたと思うが」
「別の道を! あんなにかたい約束をしたのに、まさか。そんなはずが」
 清姫は、夢中でかいどうを走りだしました。
 それはもう、くるったように走って走って、走りつづけます。
 そして日高川のわたし場まできたとき、やっと安珍のすがたを見つけることができました。
「安珍さまー。安珍さまー」
 走ってくる清姫に気づいた安珍は、清姫には二度と会ってはならないのだと、自分にそういいきかせ、
「船頭(せんどう)さん、は、早く船を出してくだされ。は、早く!」
と、船頭をせきたてます。
「安珍さまーっ、安珍さま。なぜ、どうして、安珍さまー」
 清姫は自分から逃げていこうとする安珍におどろき悲しみ、やがて、そのおもいは、はげしい憎しみへとかわっていったのです。
「これほど、これほどおもっているのに、なぜ逃げるのです。なぜ、なぜ逃げるのじゃ!」
 清姫は安珍ののった船を追って、そのまま日高川の水の中へ飛び込みました。
 そしていつのまにか、清姫はおそろしい大蛇の姿になって、川をわたっていったのです。
「にっくき、安珍め!」
 船をおりると、安珍はむちゅうで走り出しました。
 そしてそれを追う、大蛇。
 街道(かいどう)のそばに、道成寺というお寺がありました。
 安珍は必死の思いで、このお寺に逃げ込むと、
「どうか、わたしをお助けください。追われております。どうか、この寺へおかくまいください」
「それならば」
 寺の人たちはつりがねをおろして、その中に安珍をかくまってくれました。
 安珍はそのつりがねの中に身をかくし、しずかにお経をとなえつづけます。
 清姫の大蛇は道成寺の石段をうねうねとのぼると、山門をくぐって安珍をさがしもとめました。
 そうしてついに、大蛇は安珍の隠れるつりがねを見つけたのです。
「見つけたぞ、いとしい人。もうはなさない」
 大蛇はそのつりがねの上から体をグルグルとまきつけると、大きな口からまっ赤なほのおをはきつづけたのです。
 安珍は、まっ赤にそまるかねの中で、一心にお経をとなえつづけます。
 でも、ほのおでまっ赤になったかねの中で、とうとう安珍は、やけ死んでしまったのです。

おしまい

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