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百物語 第236話

アジ船と口さけばば

アジ船と口さけばば
徳島県の民話徳島県情報

 むかしむかし、ある漁村(ぎょそん)の漁師(りょうし)たちが、アジ船を出してアジを取りに行きました。
 その日はなかなかの大漁でしたが、日が西にかたむき、お腹も空いてきたので、
「どうじゃい、ここらで、ひと休みせんか」
と、船を浜へつけました。
 取れたてのアジを塩焼きにして、それで酒をのむのが漁師たちのなによりの楽しみです。
 アジの焼けるいいにおいがただよってきたころ、どこからともなくだれかが近づいてきて声をかけました。
「ええにおいじゃの。わしにも、そのアジをごちそうしてくれ」
 その声は、おばあさんの声でした。
 ふりむいた漁師たちは、ビックリ。
 それというもの、そのおばあさんの髪の毛は針金のように逆立っていて、ギラギラとした丸い目玉は大きくて飛び出しており、おまけに口は耳までさけているのです。
(こいつはバケモノかもしれん。みんな返事するな)
 漁師たちは目で合図(あいず)をすると、みんなジッと下を向きました。
「どうした? はやくわしにもくれんか」
 おばあさんがさいそくするので、一人の漁師が言いました。
「もう、食べてしまったので、新しいのを船からとってくる。待っていてくれ」
 そして、その猟師があわて船に乗り込むと、
「あいつ一人じゃ大変だから、おれも手伝いに行こう」
「おれもだ」
「おれも」
と、みんな船にとびのると、そのまま船を沖へむかってこぎだしたのです。
 しばらくして、みんなが逃げだしたのに気づいたおばあさんは、
「こらまてえ! わしをだまして逃げる気か! 逃げたら、さかなのかわりにお前らを食ってやる!」
 おばあさんは、ものすごいいきおいで追いかけてくると、船のとも(船のうしろのほう)に飛びついて、船のともにかみつきました。
 耳までさけた大きな口の歯は、みんなキバみたいにとがっています。
「こら、はなさんかい。頭をたたき割るぞ、はなせえ!」
 ろ(→和船をこぐための、木でできた道具)を一本ふりあげて、たたこうとするのですが、ランランと光る目玉を見ると、おそろしくてたたけません。
 かといって、ともをガジガジとかみくだかれては、船もろとも海にしずんでしまいます。
 漁師たちは、
「なむ、船霊大明神、おたすけたまえ、おたすけたまえ」
と、となえながら、むちゅうで船をこぎました。
 いいかげんこいで、ふと目をやると、うれしいことに、ともにかみついたおばあさんは消えていました。
 それでも浜にあがるまでは、こわくてみんな口がきけませんでした。
 阿波(あわ→徳島県)には、牛鬼(うしおに)といって、からだがウシで顔はのバケモノがいたといわれます。
 あのおばあさんは、この牛鬼が化けたものだと言われています。

おしまい

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