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百物語 第256話

谷ぞこのわらい声

谷ぞこのわらい声
高知県の民話高知県情報

 むかしむかし、土佐の国(とさのくに→高知県)の山あいの村に、佐市(さいち)という猟師(りょうし)がいました。
 若者にしては度胸(どきょう)がすわっており、佐市はいつもたった一人で猟(りょう)にでかけていくのでした。
「佐市や。獲物はこのあたりにもいくらでもいるんだ。わざわざ深い山に行くこともねえ。あんまり山の奥に行くとバケモノが出てきて、食われてしまうぞ」
 村の人に、そういわれると、
「はん。この世にバケモノなどいるものか。もしも出てきたら一発でしとめてやるから、楽しみに待っているんだな」
 佐市はそういいながら、鉄砲をかついで猟にでかけていくのでした。
 ある年の夏の事です。
 深い山奥に入った佐市は、あたりに気をくばりながら獲物をさがしていました。
 すると風もないのに、山の木々がさわぎだしました。
 木々がはげしくゆれ動きながら、走ってきます。
 なにか大きな生き物が木々をゆすりながら、山すそをおりてくるみたいです。
 こんな不思議なものをみるのは、はじめてです。
 佐市は足をとめて、ジッと見つめていました。
 やがて木々のざわめきは、深い谷ぞこへむかって消えていきました。
 あとはまた、シーンと静まりかえっています。
「はて、いまのは、なんだろう? つむじ風なら木の葉がたくさん空へふきあがるはずだが、まったく静かなものだった)
 佐市は鉄砲をかたにのせながら、また歩きだしましたが、しばらくすると今度は谷間のそこから、わらい声がきこえてきました。
 その声は、一人の声ではありません。
 何十人もの男がいっせいにわらうような、とても大きな声でした。
「こんな山奥へ、猟の仲間たちがやってくることはないはずだが」
 不思議に思った佐市は、男たちのわらい声がわきあがった谷間のそこへ、おりてみることにしました。
 やぶをかきわけて、岩をつたっておりていくと、話し声がきこえてきます。
 あたりは、だんだんくらくなってきます。
 足もとに気をくばりながら、佐市はやっと谷間のそこへおりました。
 すると、話し声のするむこうの谷川の大岩に、大きな物が腰をかけて、足をブラブラさせていました。
 それは二メートルをこえる、大入道です。
 いえ、大きいだけではなく、頭は八つで、その八つの顔が、うすぐらい谷間のそこでフワフワと動いていて、話しをしながら笑っているのです。
 さすがの佐市も、あまりのおそろしさにガタガタとふるえていました。
 そのふるえに気づいたのか、バケモノの八つの顔が、いっせいに佐市のほうを見つめたのです。
「そこにかくれておるのは、だれだ!」
 佐市は鉄砲をかまえると、夢中で引き金をひきましたが、八つの顔はヒョイと首をのばして、鉄砲の玉をよけてしまいました。
 佐市は続けて鉄砲をうちましたが、何発うってもあたりません。
 とうとう玉は、最後の一発です。
「これが最後の一発か。たのむぞ」
 佐市は鉄砲をかまえると、八つの顔のバケモノが岩の上にたちあがったのです。
 そのとき、バケモノの着物の間から、大きなへそが見えました。
 佐市はへそにねらいをつけると、最後の一発を放ったのです。
「ウギャアー!」
 ものすごい声をあげて、バケモノは岩の上から谷川へころげおちていきました。
 しばらくようすをうかがっていた佐市が谷川へでてみると、不思議な事に、バケモノの体はパラバラになって、水にとけていったのです。
 佐市は村の人たちに見せてやろうと、バケモノの頭を一つ取り上げました。
 けれども、一度水につかったバケモノの首は帰る途中でとけてしまい、残ったのは三十本ばかりの赤い髪の毛だけだったという事です。

おしまい

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