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百物語 第270話

海の底の蛇の目傘

海の底の蛇の目傘
新潟県の民話新潟県情報

 むかしむかし、金泉(かないずみ)という村に、八蔵(はちぞう)という若者が住んでいました。
 ある日、八蔵はいつものように舟で釣りに出かけました。
 釣糸をたれながら海の底をぼんやりと見つめていると、奇妙な物が八蔵の目にうつりました。
 海草がゆれている岩かげに、一本の蛇の目傘が立てかけてあったのです。
「はて? こんなところに、だれが落としたものやら」
 今とは違い、当時の傘はとても高価な物だったので、八蔵はこの傘が欲しくなって、着物を脱いで海に飛び込もうとしました。
 その時です。
「しばらく、まて」
と、いう、気味の悪い声がしました。
 八蔵はびっくりしてまわりを見わたしましたが、だれもいません。
「なんだ、気のせいか」
 また海に入ろうとすると、今度は大きな声で、
「しばらく、まて!」
と、八蔵の耳にとどいたのです。
 こわごわ海の底をのぞいてみると、いきなり傘がばっと開きました。
「ひぇーー!」
 びっくりした八蔵は、懸命に舟をこいで逃げ出しました。
 そしてしばらく行った所で後ろを振り返ってみると、長い髪をばらばらに乱した女が傘を持って、
「まてえー、まてえー!」
と、叫びながら舟を追っかけてくるのです。
「おっ、お助けを〜!」
 八蔵は死に物狂いで舟をこいで、なんとか無事に村の岸へたどりつきました。
 あくる日、八蔵はこの事を村の人々に話しました。
 するとみんなも、
「おれも、あの辺で女が長い髪をすいとるのにでくわしたぞ」
「いつかの晩、おれが青い顔をした女に出会ったのも、あの辺だった」
と、口々に言うのです。
「よし、ならばこの長吉(ちょうきち)さまが、その髪振り乱した女とかいうのを退治してみせる」
と、村一番の力持ちといわれた長吉が、大きな声でいいました。
 あくる日、長吉はたった一人で舟をこいで行きました。
「さてと、この辺かな? 蛇の目傘が出るというのは」
と、つぶやきながら、海の底をのぞいてみました。
 しかし、どこにも傘はありません。
「・・・なんだ、なんにもありゃせんぞ」
 するといきなり、大粒の雨がザアーザアーと降り出して、海は高波になってきたのです。
「こりゃあいかん、早く岸へ戻らにゃ」
と、長吉は夢中で舟をこぎながら、ふと波間を見ると、長い髪を振り乱した女が現われました。
「わしを退治するだと? この愚か者めが!」
 鬼のように恐しい形相で叫ぶと、今にも長吉につかみかかろうとします。
 さすがの長吉もブルブルとふるえ、生きた心地がしません。
 そしてなんとか岸へたどりついたのですが、長吉はそのまま寝込んでしまい、三日目には死んでしまいました。

おしまい

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