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百物語 第286話
淵の大グモ
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むかしむかし、ある村に、とても魚釣りの好きな男がいました。
ある春の事、
「そろそろ水も温かくなってきたから、魚がよく釣れるだろう」
と、男は村はずれを流れる川の淵(ふち)へと、魚釣りに出掛けました。
そして釣り糸をたれていると、どこからか小さなクモがやってきて、細いクモの糸を男の足の親指に巻き付けていったのです。
やがてまた別のクモがやってきて、同じようにクモの糸を男の親指に巻き付けていきました。
そしてまた別のクモがやって来て、糸を巻き付けていくのです。
「さっきから一体、なんのつもりだ?」
初めは大して気にもとめていなかった男も、次第に気味が悪くなって、クモがいなくなった隙に足の指に巻かれた糸をはずしては、近くにあった大きな木の切り株へ巻き直したのです。
それからしばらくして、魚でビクがいっぱいになった男が、
「さて、今日はこの辺で終わりにするか」
と、立ち上がったその時、淵の中から
「太郎も、次郎も、三郎も、みんなかえれ!」
と、あやしい声がしたのです。
するとビクの中の魚がいっせいに跳ねあがって、一匹残らず川の中へと逃げてしまったのです。
そしてその後すぐ、さっきクモの糸をかけた木の切り株が、めりめりと音をたてて淵の中へ引き込まれてしまったのです。
「あわ、あわあわあわ」
男がびっくりして腰を抜かしていると、淵の中から、
「罠から逃れるとは、かしこい奴め」
と、不気味な声がしたのです。
こんな事があってから、村人は誰一人この淵には近づこうとはしませんでした。
でも、そんな事は知らない旅人たちは、年に何人かが、この淵の中へ引き込まれたそうです。
さて、そんなある日、一人の旅のお坊さんが、この淵へとやって来ました。
お坊さんが淵のそばの木の下で、のんびり腰を下ろして休んでいると、大きなクモが暗い茂みから真っ赤な眼を光らせて、お坊さんをにらんでいました。
それに気づいたお坊さんは、
「あはははは。そんなに大きな姿では、人間は怖がって逃げてしまうぞ」
と、言いました。
すると大きなクモは、シュルシュルシュルと、小さくなっていきました。
するとお坊さんは、
「なるほど。少しは神通力(じんつうりき)を、持っているようだな。だが、まだ大きすぎる。いや、それともそれがお前の力の限界かな?」
と、言いました。
するとクモは、またまたシュルシュルシュルと小さくなり、豆粒程の大きさになると、お坊さんの足下に近づいてきたのです。
「ほほう。なかなかに小さくなったな。・・・では」
お坊さんはそう言うと、豆粒ほどになったクモを足で踏みつぶしたのです。
そして、つぶれたクモを川の中に蹴り入れると、
「今まで何人の人間を食ってきたかは知らんが、しょせんはクモじゃ。簡単にだまされよったわい。せめて念仏を唱えてやるから、成仏するがよい」
と、その場で簡単なお経を唱えると、お坊さんはまたどこかへと旅立っていきました。
そしてそれから七日ほど過ぎたある日、川下で、ひと抱えもある大グモが、押しつぶされた形のまま浮びあがったという事です。
おしまい
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