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百物語 第310話

黒姫と黒竜

黒姫と黒竜
長野県の民話 → 長野県の情報

 むかしむかし、信濃の国(しなのくに→長野県)に黒姫(くろひめ)という名前の、とても美しい姫がいました。
 その美しいという噂は各国に知れ渡り、遠い国からも姫を嫁に貰いたいという申し出が後を絶ちませんでした。

 ある秋の事、そんな噂を聞いた山奥の大沼池(おおぬまいけ)に住む黒竜(こくりゅう)が、この美しい姫を一度見たいと思って蝶(ちょう)に化けると、殿さまと散歩をしている黒姫の所へ飛んできて、姫のまわりをひらひらと舞ったのです。
「まあ きれいだこと」
 姫はとてもうれしそうに、黒竜が化けた蝶に微笑みました。
 その姫の微笑みに心を奪われた黒竜は、どうしても姫の事が忘れられなくなり、何日も悩んだあげく、若侍に化けて姫のいる城を訪れました。
 どの若者よりも立派な若侍に、すっかり感心した殿さまが身元をたずねると、
「わたくしは、志賀山(しがやま)の大沼池の黒竜です。姫を一目見て以来、姫の事がどうしても忘れられませぬ。どうか、姫を私に下さい」
と、黒竜は正体を正直に話したのです。
 それを聞いて、びっくりした殿さまは、
「いくら立派でも、人間でないものに姫はやれん」
と、きっぱりと断わりました。
 ところが黒竜は、どうしても姫の事があきらめきれずに、それからも毎日、城へ通うようになりました。
 そして百日目が過ぎた時、黒竜は殿さまに言いました。
「もし姫をいただけるなら、今後、あらゆる災いからこの城を守りましょう。ですが、どうしても駄目だというのなら、わたしにも考えがあります。・・・わたしは、大水で城と村々を押し流す事も出来るのですよ」
 これには、殿さまも困りました。
 そこで殿さまは、黒竜にこんな約束をしたのです。
「明日、その人間の姿のままで、わしの馬に遅れずに城のまわりを二十周まわれたら、姫をやろう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
 黒竜が喜んで帰ると、殿さまはすぐに家来に命じて、城のまわりに刀を何本も埋め込ませたのです。
 さて次の日、殿さまは城で一番足が速い馬にまたがると、やってきた若侍姿の黒竜にいいました。
「黒竜、よいか。少しでも遅れたら、姫をあきらめるのだぞ」
 そして殿さまは馬にひとムチ当てて、勢いよく駆け出しました。
 黒竜もすぐさま、殿さまの後を追いました。
 やがて、家来が刀を仕込んだ場所に来ると、殿さまはうまく馬に飛び越えさせて、無事にそのまま駆け出しました。
 しかし、そんな事とは知らない黒竜は、仕込んだ刀の罠に引っかかり、体中を切り裂いてしまったのです。
「ぬぬっ、計ったなぁ!」
 全身血だらけになった黒竜は怒りで竜の姿を現すと、竜の姿のまま馬に乗った殿さまを追いかけました。
 そして血だらけになりながらも殿さまを追いかけ続け、そのまま殿さまに遅れることなく、城の周りを二十周回りきったのです。
 黒竜は、息も絶え絶えになりながらも、殿さまに言いました。
「さあ、約束です。姫を下さい」
 しかし殿さまは、腰の刀を抜くと、
「わしは、人間の姿のままでと言ったはずだ。お前の様な化け物に、姫はやれぬは!」
と、黒竜に斬りかかったのです。
 黒竜はその一撃を何とかかわすと、
「よくも裏切ったな! 見ておれ!」
と、叫びながら、空高く飛んで行くと、真っ黒な雲を空一面に張り巡らせて、激しい雨をゴーゴーと降らせたのです。
 その雨は一向にやむ気配がなく、四日目になると川からあふれ出た水で、村々は今にも流されんばかりとなりました。
 これを見た黒姫は、殿さまがとめるのも聞かずに外へ走り出すと、大雨が降る空に向って叫びました。
「黒竜よ! 私はあなたのもとへ行きます! ですから、どうか嵐を鎮めて下さい!」
 するとどうでしょう。
 あれほど激しかった大雨がぴたりとやんで、空から一筋の黒雲が矢の様に下りて来ました。
 そしてその黒雲が黒姫の体を包み込んだとたん、黒雲は黒姫の姿と一緒に消えてしまったのです。

 その後、殿さまがどんなに探しても、黒姫は二度と見つかりませんでした。
 しかしそれ以来、村には何一つ災いが起らなくなったそうです。

おしまい

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