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百物語 第328話
甚内と怪物
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むかしむかし、熊野(くまの)の奥の小口(こくち)という里に、平家の残党で甚内(じんない)という一人の侍が住んでいました。
ある日の事、甚内が風邪をこじらせて寝込んでいるところへ、茶坊主風の男がやってきて、
「甚内さま、これは万病に効く薬です。差し上げますので、どうぞ、お試しを」
と、いって薬の包みを置いていきました。
そして次の日も、また次の日も、同じ時刻になるとその男がやってきて、薬をすすめるのです。
ところが、その薬を飲むと病気はかえって悪くなる一方なので、甚内は、
(あの男、ただ者ではあるまい。もしや、物の怪では?)
と、考えて、鴉太刀(からすだち)という伝家の宝刀をふとんの下に隠し待っていました。
すると、いつもの時間に男がやってきて、今日も薬をすすめます。
(もう、だまされんぞ)
男の様子をよく見てみると、まず、目が死んだ魚の様に白く、とても人間のものと思えません。
それに肌がウロコのようにザラザラしていて、生臭いにおいもします。
(やはり、こいつは人間ではないな。さては魚の物の怪か?)
と、考えた甚内は、すきを見てふとんの下から刀を取り出し、
「てゃっ!」
と、男めがけて切りつけたのです。
ところが男はさっと身をかわすと、肩先にかすりきずを負っただけで、逃げてしまいました。
「しまった! 病ゆえ、太刀筋に迷いがあったか!」
病気で歩けない甚内が隣に住んでいる若者にあとを追ってもらうと、血のあとが大立島(おおだてじま)のそばの淵まで続いていたというのです。
物の怪は、その淵の中に逃げ込んだに違いありません。
やがて元気になった甚内は、那智の浜の徳兵衛という漁師が七年もかけて鍛えたという、立派な鵜(う)と伝家の宝刀の「鴉太刀」とを取りかえてもらい、さっそく淵の中へその鵜を入れました。
するとたちまち雷鳴がとどろいて淵のまん中に大きな渦が巻き起こると、やってきて鵜を飲み込んでしまいました。
甚内は鵜のことを心配しながらも、ひとまず家に帰ることにしました。
翌朝、雨のあがった淵には、鵜の姿も物の怪の姿も見あたりませんでした。
甚内が川の流れにそって探してみると、小立島の近くで全身傷だらけの鵜と、大きな大きなアメノウオの死体を見つけたのです。
あの茶坊主の正体は、この大アメノウオだったようで、それから茶坊主が現れることはありませんでした。
そして甚内は、立派に戦って死んだ鵜を、手厚く葬ってやったということです。
おしまい
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