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百物語 第333話

ぬれ女と牛鬼(うしおに)

ぬれ女と牛鬼(うしおに)
島根県の民話島根県情報

 むかしむかし、石見の国(いわみのくに→島根県)に、森山玄蔵(もりやまげんぞう)という侍がいました。
 玄蔵は大変な釣り好きで、ひまさえあると、釣りに出かけます。
 さて、ある夏の事、玄蔵は夕方から磯へと夜釣りに出かけました。
 その日はどうしたわけか、次から次へと魚が釣れる日で、またたく間に、びくの中は魚でいっぱいになりました。
「こんなに釣れるとわかっていたら、もっとでっかいびくを持ってくるんだったな」
 これ以上は釣っても持って帰れないので、玄蔵が引き上げようとしたら、後ろにだれか立っていました。
「おや?」
と、振り向いてみると、だれもいません。
「おかしいな」
 そう思って、もう一度前に向き直ったら、なんと目の前の海に、ずぶぬれの女が赤ん坊を抱いて立っているのです。
 月の光に照らされた顔は、まるで死人のように青白です。
 玄蔵は逃げ出そうとしましたが、足がひきつり、動く事が出来ません。
 女は、まるで海の上を歩くようにして、玄蔵のそばにやってきた。
 そして、ぞっとするほど冷たい声で言いました。
「すみません。この子が、お腹をすかせて困っています。どうか、魚を一匹やってくださいな」
「や、や、やるとも」
 玄蔵は震える手で、釣りあげたばかりの魚を女に手渡しました。
 そして女が、その魚を赤ん坊に持たせるとどうでしょう。
 赤ん坊は、いきなり魚の頭にかぶりつき、骨ごとバリバリと、またたく間に食べてしまったのです。
「すみません。もう一匹」
 玄蔵は、びくごと女にわたしました。
 すると赤ん坊は、バリバリ、ムシャムシャ、ペチャペチャと、口のまわりを血だらけにして、びくの中の魚を一匹残らずたいらげてしまったのです。
 あまりの恐ろしさに、玄蔵は、もう気絶しそうです。
「すみませんが、ちょっとこの子を抱いてくれませんか?」
 玄蔵は嫌がりましたが、女は玄蔵に赤ん坊を無理矢理おしつけたかと思うと、すうっと海の中に消えてしまいました。
 玄蔵は、あわてて赤ん坊を投げようとしましたが、赤ん坊は胸にしっかりとしがみついて、どうやっても離れてくれません。
「とにかく、ここを逃げ出さなくては」
 玄蔵は赤ん坊を抱いたまま、夢中で駆け出しました。
 そしてようやく岩場を抜けて海辺の道へ出たとき、後ろから、ひづめの音が近づいてきました。
「あっ、牛鬼!」
 ふりかえった玄蔵の前に、鬼の顔をした牛の化け物が、角をふりかざしながらやってきます。
「だ、だれか〜!」
 玄蔵は、声をふりしぼって叫びました。
 そのころ玄蔵の家では、奥さんが一人で留守番をしていました。
 座敷の方から、ガタガタと、おかしな音がするので、中をのぞいてみると、主人が大切にしている床の間の刀が、一人であばれているのです。
「これはもしや、主人の身に、何かあったにちがいない」
 気の強い奥さんが表の戸を開けて外へ出ようとしたら、床の間の刀がさやから抜けて、矢の様に飛び出して行きました。
 刀は空に舞い上がると、そのまま海辺にむかって一直線に飛んでいきます。
「どうか、主人をお守りください」
 奥さんは、刀に向かって手を合わせました。
 そのとき玄蔵は牛鬼に追いつめられ、するどい角でいまにもひと突きにされようとしていました。
「もうだめだ!」
 玄蔵が思わず目をつむった瞬間、
「ぎゃあ!」
 目の前で、ものすごい叫び声がしました。
 それと同時に、玄蔵の胸から赤ん坊が落ちました。
 恐る恐る目を開けてみると、牛鬼の首に、自分の刀が突き刺さっているではありませんか。
「助かった」
 玄蔵は腰が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまいました。
 次の朝、玄蔵が村人たちと一緒に昨日の海辺へ来てみると、牛鬼も赤ん坊の姿もなく、血の跡が、てんてんと海まで続いていたそうです。

 ぬれ女とは海の岩場に住むお化けで、必ず、牛鬼を連れて現れるという事です。

 ほかにも、牛鬼が登場するお話し。
 → 牛鬼

おしまい

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