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第 172話
和尚さまの踊りぞめ
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あるお正月の事、お金持ちの町人やお寺の偉いお坊さん達が、年の初めのご挨拶にとお城へやって来ました。
このお城には勘作という名前の頭の良い男がいますが、勘作は身分の低い足軽なので、大広間の火鉢に炭を入れて回るなどの雑用で大忙しです。
勘作がふと見ると、大広間には立派な法衣(ほうい→お坊さんが着る服)を着た宝円寺(ほうえんじ)の和尚さまが、背筋を伸ばして座っていました。
(立派なお方じゃ)
その時、勘作の耳に人の話し声が聞こえてきました。
「さすがは宝円寺の和尚さま。
あの気むずかしそうにしかめたお顔を見ただけでもありがたい。
・・・しかし、あんな立派なお方が踊るところを一度で良いから見てみたいものだ」
「確かに。だが、こればかりは殿さまでも出来はしないだろう」
「そうだな。しかし、この城には知恵者の勘作がいるだろう。勘作でも出来ぬかな?」
「いやいや、さすがにあの勘作にだってできない相談だろうよ」
この話を聞いた勘作は、火鉢に炭を入れる手を少し休めて考えました。
(ふむ。確かに、あの和尚さまの踊りは一度で良いから見てみたい。・・・今日はめでたい日だし、多少の事では怒られぬか)
やがて年始のご挨拶も終わり、大広間では楽しそうなおしゃべりが始まりました。
(よし、今が頃合いだ)
勘作はこっそり和尚さまの後ろに回ると、近くにあった火鉢にぼろ布を入れました。
ぼろ布が炭の火でこげて、きな臭い匂いと煙が立ち上ります。
勘作は、大きな声で叫びました。
「和尚さま! もしや、大切な衣が燃えているのでは!」
それを聞いた和尚さまは、気むずかしそうな顔を青くしながら立ち上がりました。
何しろ、大切な一張羅(いっちょうら)が燃えているというのですから。
勘作は、和尚さまの動きに合わせてテンポ良く言いました。
「和尚さま、右のすそから煙が」
「いや、左のすそからも」
「今度は右の足元から」
「いやいや、左の足元からも」
和尚さまは勘作の声に合わせて手足を振り上げます。
その動きが、ちょうど踊りを踊っている様に見えました。
(さて、そろそろ潮時だな)
勘作は火鉢からぼろ布を取り出すと、和尚さまに言いました。
「和尚さま、ご安心ください。燃えていたのは、このぼろ布でした」
それを聞いた和尚さまは、「ふーっ」と安心のため息をつきました。
そして周りの人たちは、滅多に見られない物を見たと手を叩いて大喜びです。
こうして集まった人たちは、めでたい年の始めをおくりました。
おしまい
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