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第 182話

悲しいお月見

悲しいお月見
岐阜県の民話岐阜県の情報

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 むかしむかし、ある村の村人たちが集まって、お月見をする事にしました。
 すると、一人の村人が言いました。
「なあ、お月さまをながめているだけではつまらないから、お月見をしながら鹿の鳴き声を聞くのはどうだろう?」
「おおっ、それはいい考えだ。むかしから鹿の鳴き声を聞くと、悲しくなって涙が出るというからな」
 そこでみんなは、山奥にあるお百姓の家を借りて、お月見の会を開きました。
 やがて山の上に、丸いお月さまが登りました。
 みんなはお月さまをながめながら、鹿の鳴くのを待ちましたが、いつまで待っても、鹿の鳴き声が聞こえてきません。
 そのうちに、だんだん冷えてきたので、開けていたしょうじを閉めました。
 山の中は静まりかえり、物音一つ聞こえません。
 こんなさみしい秋の夜は、鹿が鳴かなくても悲しい気持ちになってきます。
 そのうちに、一人が子どもの事を思い出して涙を流して言いました。
「おれの子どもは、もう一人前だというのに、仕事もしないで毎日遊んでばかりいる。このままでは、どんな人間になるかと思うと、心配で心配で」
 それを聞いて、もう一人も涙をこぼして言いました。
「お前はまだいい。なまけ者の子どもでも、元気でいれば、いつか心を入れ替える時が来る。しかし、おれの嫁さんは体が弱いから、いつ病気になるかと思うと、もう辛くて辛くて」
 そのとたん、横にいた人が声を上げて泣き出しました。
 みんながびっくりして、その人を見ました。
「すまない、急に泣いたりして。でも、人に貸したお金の事を思うと、くやしいやら、なさけないやら。・・・実はな、人に大金を貸してあげたのに、まるっきり返してもらえないんだ。このままお金が返って来なかったら、もう死ぬよりほかはない。お月見も今年が最後かと思うと、もう悲しくて悲しくて」
と、言いました。
「それは可愛そうに。でも、誰にだって悲しい事はあるもんだな。考えてみれば、生きていくというのは、本当に辛いことだ」
 そのとたん、あっちでもこっちでもすすり泣きが始まり、お月見どころではなくなりました。

 さて、さっきから怖い顔でみんなの話を聞いていた人が、すくっと立ち上がって言いました。
「いい加減にしろ。おれは人間の鳴き声ではなく、鹿の泣き声を聞きに来たんじゃ」
 みんな、はっとして泣き止みました。
 その時、しょうじに鹿の影がうつりました。
「あっ、鹿だ」
 誰かがしょうじを開けると、外には立派な角を生やした鹿が何頭もいて、みんなこっちを見ていました。
 鹿は逃げようともせずに、こっちを見てニヤニヤしているのです。
「何がおかしい! 鹿のくせに、どうして鳴かないのだ!」
 誰かが言うと、鹿はすました顔で答えました。
「わたしは、鳴く為にここへ来たのではない。人間たちの泣く声を聞きながら、お月見をしているのだ。お前たちが泣いてくれたおかげで、よいお月見が出来たよ」
 そして鹿たちは、満足そうに山の奥へと帰っていきました。

おしまい

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