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6月7日の小話

ひとりかご

ひとりかご

 むかし、むかし、お江戸のはずれに、えらう、しみったれのだんながおった。
 金はどっさりあるくせに、出すこととなると、舌を出すのもおしいくらい。
 ある日、麹町(こうじまち→東京の千代田区)の大だんなに、いそぎの用ができたが、
(さーて、弱ったぞ。はよう、いかにゃならんが、かご屋のかごでは高くつく。と、いうて、歩いてもいかれんし。うん? ・・・おお、そうそう。あの力じまんの権助(ごんすけ)に、かつがせて、うちのかごでいくとしよう)
 さっそく、下男(げなん→お手伝いの人)の権助をよんで、
「おまえは、めしもよう食うが、それ以上に、力もあるな」
「へえ、だんなさま。米なら五俵ぐらいは、わけなくかつげますわい」
「それなら、わしひとりかつぐくらいは、わけなかろう」
「そりゃあ、もう、朝めし前のこって」
「そうじゃろう、そうじゃろう。では、わしをのせて、麹町の大だんなのところまで、走ってくれんか」
「へえ。して、相棒は?」
「そんなものは、いらん。大だんなのところまで、ちゃんとついたら、おまえにはかご賃をやる。そのかわり、とちゅうで下におろしたら、びた一文やらんぞ」
「下においてはなりませんか」
「ならん。では権助、まいろう」
 下男の権助は、かごにだんなをのせて、ひとりでエーホイ、エーホイと、かついでいった。
 だんなは、かごの中で、
(いくら力じまんの権助でも、麹町までひと休みもせずに、いくことはできまい。そうすりゃあ、今日のかご賃はただというもんじゃ。ウッシシシシ)
 そう思うて、安心してのっておった。
 ところで、かごは元々ふたりでかつぐもの。
 権助がいくら力じまんでも、ひとりでかついだんでは、バランスが悪い。
 エーホイ、エーホイとやってはいくが、なかなかにたいへんでした。
 いっぽう、だんなのほうは、いい気なもんで、いつのまにやら、かごの中で、いねむりをはじめた。
(ひとの苦労も知らんと、いまいましい。)
と、おもうが、だんなとの約束で、かごを地面におろすわけにはいかぬ。
「えーと、えーと。どこぞに、うまい休み場所はないものか。エーホイ、エーホイ。エーホイ、エーホイ」
と、やってきたが、下においてはならぬとなると、なかなかもって、そんなところはない。
 ところが、ちょうどいい具合に、橋があった。
「ありがたい。ここならだいじょうぶ」
と、橋の手すりにかごをのせて、
「やーれ、やれ。これで、ひと休みできるわい。どれ」
 権助は、片手でかごのかじ棒をおさえて、片手でこしのたばこいれをとって、プカーリ、プカリと、一ぷくつけては、ポン。
 一ぷくつけては、ポンと、手すりにすいがらを、たたいておとしておった。
 そのたんびに、かごは、グラッ、グラグラとゆれる。
 中のだんなが、目をさました。
(はてな。かごが走っておらんぞ。えーい、いそぎの用というに、何ごとじゃ。)
 すだれをあけて、外をのぞいて見て、いや、おどろいた。
 川の水が、音をたてて流れておる。
「ああ、だんなあ、うごいちゃいませんぜ。この手すり、くさっとるで、あぶないですよ」
 ぎょっとして、ようすを見ると、かごは、古いおんぼろ橋の手すりに、のっかっておる。
 だんなは、全身が、ブルブルとふるえた。
 思わず、
「かごを下へおけっ。麹町までいかんでも、ここでやるわ。かご賃は、ここでやるわ!」
 すると権助は、仕返しとばかりに、わざとゆっくりたばこをすいながら、
「なあに、だんなさま。権助は、そんな横着はいたしませんわい」
と、いうたそうな。

おしまい

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