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6月10日の小話

るすばんめがね

るすばんめがね

 むかし、江戸の神田(かんだ)に、有名なはんこ屋があった。
 そこの親父さんというのは、もう年よりで目が悪く、いつもめがねをかけて、仕事をしておった。
 ある日のこと。
 ひとりの客がやってきた。
 はんこをちゅうもんして、先にお金をはらうと。
「この十日に、きっと取りにくるから、その日にきちんと、わたしておくんなさい」
「はい、しょうちしました。十日には、かならず、おわたしいたします」
 はんこ屋の親父さんは、かたく約束して、金をうけとった。
 さて、十日になりました。
 れいのお客が、はんこを取りにやってきました。
 ところが、ちょうど親父さんがるすで、むすこがひとり、店番をしておった。
「せんだってちゅうもんした、はんこをうけとりたい」
と、いうと、むすこは、ふしぎそうに首をかしげて、
「あんたさんは、このあたりの方ではござりませんな。見も知らぬお方に、大事なお客さまの品を、おわたしすることはできません」
と、いうので、客はびっくりして、
「せんだって、おまえさんは、おやじどののそばに、ちゃんとすわっておったではないか。それを知らぬとは、とんだことをいわれる」
「そうはもうされても、わたくしも、るすをあずかる者。見知らぬ方に、大事なはんは、わたされませぬ」
 お客は、すっかり腹を立てて、大きな声で、
「わたしは、今夜の船で、大阪へいかねばならん。その前に、取り引きをすませるので、ぜひ、はんがいるのじゃ。それだからこそ、かたく約束して、金もちゃんとはらっておいたのに」
 金ときくと、むすこは、
(あっ、あのときの客か。)
と、やっと思いだしました。
 でも、いまさら、あやまるのもくやしいので、いいちえがないかと、しばらく考えておったが、
「では、ちょっと、お待ちなすって」
と、親父さんの仕事机のひきだしから、いつも、親父さんがかけているめがねを取り出しました。
 それを、自分がかけると、
「わたくしは、あなたさまを見知りませぬが、こうして、親父どのの、めがねをかけて拝見(はいけん)いたしますと・・・」
と、お客の顔を、じーっとのぞきこんで、
「なるほど。あなたは、たしかに、先日おいでのお客さま。はい、では、これを」
と、いって、できあがったはんを、お客の前にさし出しました。

おしまい

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